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『世界のなかで自分の役割を見つけること』現代アーティスト小松美羽

『世界のなかで自分の役割を見つけること』現代アーティスト小松美羽

今最も注目を集める現代アーティストの小松美羽(こまつみわ)さんが描く神獣は、見るものを魂の世界へと導いてくれます。中学時代には引きこもりを経験したという小松さんがどうやって折り合いをつけて外の世界へ、そして海を越えて海外へと羽ばたき始めたのか。このほど出版された『世界のなかで自分の役割を見つけること』の内容を交えながら、とことん聞き取らせていただきました。

自分の役割を見つけるということ

― 小松美羽さんとアートの接点についてお話しいただければと思います。

自分は、あまりアートをやっているという感覚ではないんです。人と人とが魂でつながるための役割をするのが絵だったり、また、物理的ではないところを大切にしていくことを、神獣を通してつなげているみたいなところもありますので。

- 今回出版された書籍「世界のなかで自分の役割を見つけること」の冒頭に、「あなたの『これから』を、私の『これまで』を通じて見ていただくための本」とありますね。この一言で一気に引き込まれてしまいました。

ありがとうございます。本を出すことは、その内容に責任が伴ってきますので、少しジレンマのようなものもありました。でも逆に、本で決意表明したことによって、それが自分に対しての十戒のようになるという意味では、すごく大切だと思いました。

自分の生き方は、イベントやメディアに出て目立つので特別に見えるかもしれませんが、たまたま色々なご縁や偶然が重なったりしている中で、今の自分の役割が理解できてやってこれていることなので、特別ではないんです。ある人にとっては、となりの病気のお母さんを守ることがその人の役割かもしれない。だから、派手さや特別感を求めるのではない、役割を見つけるというところで、読む人と重ねていただければいいなと思います。

「自分の感受性くらい」について

― 本の中で、茨木のり子さんの詩「自分の感受性くらい」に関する部分がとても印象深かったのですが、どのようなことを感じられたのですか?

茨木のり子さんの詩を読んだ時に、この人ってすごく弱い人なんだろうなと思いました。こういう強い詩が書ける人は、その分たくさん傷ついたり痛みを味わってきたんじゃないかと思ったんです。自分もそういうことがあったからかもしれません。

頭の良い方だったので、女性がまだ社会的に生きていくのが難しい時代に男性の社会で生きていくのには、葛藤があったと思います。「智恵子抄」の智恵子さんもそうですけど、すごく弱いんだけど残していく言葉が強い女性って、すごいなと思います。

そこから、やっぱり自分も含めて人間って完璧じゃないんだなと思いましたし、自分も女性で、彼女から受け取るメッセージが全て当てはまるので、本当にエールをもらっています。弱い女性だったんだけど強い女性でもあるし、かっこいい方だなと思いました。もし茨木のり子さんが生きていたらお会いしたかったし、自分も茨城のり子さんのような強い女性でいたいなと思います。

夢で見た未来が現実になる

- 小さい時に、メタセコイヤの木の下で将来を予感させる夢を見て、もう画家になろうと決めているじゃないですか。高橋さん(プロデューサー)が現れたときも「この人だ!」って決めたのは、それは夢で見ていたからですか?

結構夢が鮮明で、色々そこで見えちゃったんですよね。それで結構自信があったんです。

高橋さんやチームとの出会い

- 本の中でも触れられていますが、高橋さんは怖い存在でしたか?(笑)

今でも怖いですよ。あのときも怒られましたけど(笑)。最初の頃は、レベルの低いスライムが大魔王についていくみたいな感じでしたから、親も心配していましたが、夢で見ていたので自信はあったんです。自分は普通の人間ですけれども、絵には自信があったので、なんとか大丈夫だろうと。

- やっぱり厳しくても導いてくれる人の存在は大切でしょうか?

そう思いますよ。自分の役割に気づくきっかけになったり、自分の足りないものを補ってくれたり導いてくれる人っていつの時代にもいたと思います。

- 実際夢が現実になっていて、居心地ってどうですか?

本当に、いろんな人やチームと出会って、いろんな仕事の幅が広がってくると、てっぺんはまだまだ遠いなと思います。フィールドを広げるほど、山の高さがどんどん高くなってきているので、逆にそれが楽しいですね。その人達と出会うことで、こういう頂があると知ることができてよかったなと思います。

社会に出たら美術はチームプレーだ

- 本の中でも所々にチームという言葉が出てきていて、チームに対する愛情みたいなものが感じられますね。

日本の古い美術の歴史で見ても、どうしても一人でコツコツやっているようなイメージがありますが、でも本当はその裏にたくさんの画匠さんやクリエイターさんがいるんです。近年では、工房制にして指示書を書いて、たくさんの人に描いてもらうことも始まってきています。絵を描くということに対してチームプレーでやるということは、美術学校にいた時は全くわからなかった。

だから若い子たちにも、絵を描いたからおしまいじゃないんだよ、支えてくれる人たちがたくさんいてくれないと、美術というのは成り立たないんだよということを、強く伝えたかったですね。

チームプレーが重要だということであれば、やっぱり作家だから変わっていていいとか、集まりに遅れて来てもいいとか、パーティーなどに出席するときなど、変な格好でいいとか、そういうことは許されないんですね。

チームプレーで生きていくということは、人に対しても尊敬していかなきゃいけない。だから作業着のままでパーティーに行っちゃいけないし。そういう当たり前の事が、どうしてもないがしろになってしまうところがあるので、そのあたりを強調したかったんですね。

作品を世に出していくために

- アートが世に出て行くようになったタイミングはいくつかあると思いますが、その仕掛けというのは何かあったのでしょうか。

最初は、阿久悠さんのトリビュートアルバムのコンペのお話をいただきました。まず絵を好きだと思ってくれている人に認めてもらうために、小さなところから結果を出していくわけです。その時に高橋さんから言われたのは、大好きな人がひとりいれば、他の人にも大好きを伝えていくから、そこから大好きが広がっていく。

無関心を作るのが一番いけないと。例えばパブリックアートで、「そんなところに飾ってあったかな?」みたいなことってありますよね。だから、まずは関心を持ってもらって、自分のアートの裾をいっしょに広げていくというところから始めました。

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銅版画「四十九日」の裁断について

- ニューヨークを見て、銅版画「四十九日」の原版を裁断されたということですが、裁断する前と後で、どんな心境の変化がありましたか。

それまでやっていた銅版画は、基本的に紙なのでロールにできます。誰かにプレゼンするときなどは、筒に入れて持ち歩くことができるので見てもらいやすいですし、そういう用途もあったんですね。

でも、ニューヨークで自分の作品集を見てもらった時に、「どうして版画作品しかないの?」と言われたんです。日本で版画というとアートですけど、英語だと版画はプリントという言い方ですから、銅版画もプリントになってしまうんですね。そこで「本気を見せるなら、一点もので勝負しないと話にならない」と言われました。

ちょうどそのとき、白虎というテーマで作品を作っていたのですが、白虎自体が破壊と再生を繰り返す神獣で、嘘をつくと噛み殺されてしまうんです。でも、ただ死ぬんじゃなくてそこに再生を伴うんですよね。それまでプリントに固執しすぎていた自分があったので、抜け出すためにも代表作である「四十九日」を裁断したというのは重要なことでしたね。そこから色を使うようにもなってきました。

世界的なオークションへの出品

- 2015年にクリスティーズ香港へ出品された時のことをお聞かせいただけますか。

まず下のほうから始まりますが、最低落札価格まで行かないと、不落札ということで落とされちゃうんです。「カーン!」がないんです。怖いですよね。実は当時は誕生日で、前夜にも「おめでとう」って祝ってもらっていたんですが、「いや、おめでとうはもうちょっと待って、明日でいいですか?」みたいなことを言っていましたね。(笑)

- 落札が決まる瞬間まではどんな気持ちでしたか?

現場はすごい緊張感ですし、私の前の何作品かは不落札が続いていたので、空気が良くないなと思っていました。昼のセールはどちらかと言うと若手が出るところなので、そこで落ちたというレッテルがついてしまうと、今後本当に出られなくなってしまいます。ですからとにかくそわそわしていました。クリスティーズのカタログに載るということ自体ありがたいことなんですが、でもそこから落札されていかないと未来がないですからね。

世界から見た日本。日本から見た世界

- 今、世界にも目を向けられていると思いますが、世界から見た日本と、日本から見た世界というので、何か感じることはありますか。

絵を見るということも大切ですけれども、マーケットが回るということも重要です。コレクターが多い国、特に香港などは、大きなアートフェアもやりますし、世界からアートに興味がある人や、有名なギャラリーも集まってきています。日本ではこういったことは非常に難しく、税制面も含めて、社会的に絵を買いにくいと感じます。

中学生時代のこと

― 書籍『世界のなかで自分の役割を見つけること』の中で、中学生時代の話として、理解されないことへの立ち向かい方とか、自分の中での折り合いのつけ方が書いてありましたが、同じように、自分は人とちょっと違うかもしれないと感じている人へ、アドバイスがあればお願いしたいのですが。

私の場合、最初は無理をせずに、トイレに籠城して学校を休むところから始まりました。でも中学三年生ぐらいになって、そろそろ学校にも行かなきゃと思った時に、ちょうど生徒会選挙があったんです。役員もらっちゃえば生徒会にも出なきゃいけなくなるし、やってみようかなと思って、立候補したんです。

先生から親に「大丈夫ですか」って電話がかかってきましたが、親には「大丈夫絶対落ちるから。でも落ちたとしても、結果が何かにつながっていけば、学校に行かれるようになるから」と言って折り合いをつけたんです。その時には緑化委員会の委員長になったんですけども、委員長という役割があったから行けたということがありました。

- それが面白いですよね。そこで役員になっちゃうんですから。

まあなった方がいいかなって。ただの委員じゃ学校行かないから。(笑)

- 決め方が凄いですよね。トイレにこもっていた子が、「変えなきゃ」って言ったらすごい行動力じゃないですか。

私は副委員長の選挙に出たんですが、まずはクラスの代表になって、学年5クラスの5人から2人にまで絞られるんですが、その2人にまで残ったんですね。最後の全校選挙ではさすがに負けましたが、人間って頑張ればここまできるんだと、その時は思いました。先生は、何でいきなり選挙に出ようと思ったのか、未だに理解できないようですね。でも普通は、一歩踏み出すって大変なことだと思いますし、自分でもよくあのときできたなと思いましたね。

自分の魂と向き合ってみる

- 自分に自信を持てなかったり、前に進めなかったりしている人達が、大人にもいると思いますが、背中を押してあげられるような言葉はありますか。

どんなときも、絵を持って外に出て人に見てもらっている中で、愛情のある光みたいなものがあって、「この絵は良くない」っていうのも、愛情をもって言ってくれる人がいます。一方でそうでない人もいて、そんな悪意のようなものに触れ続けてしまうと、人はどんどん悪い人たちに潰されてしまう。だから、人に会わなければいけないということに対して、無理しなくてもいいと思います。

でも魂ってすごく成長しますし、自分が絵を描いているのも、脳ではなくて魂が求めているという認識でやっています。人と会いたくないときに、ゲームやスマートフォンやSNSに走るのではなくて、それよりも地球と一体化してみるのがいいと思います。

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瞑想して魂の快楽を感じる

私は、瞑想をすることをすごく大切にしています。なかなか無にはなれませんが、瞑想すると、何か根拠のない魂の落ち着きのようなものを感じるんです。そういうことを繰り返していく中で、自分でも色々なことと折り合いがつけられました。

魂との向き合い方の中で、お金をかけたりゲームを手に脳を癒すのではなくて、魂の快楽を感じられる精神状態に持っていくことで、是非肉体を癒してほしいと思います。そうすれば地球や宇宙とつながるので。

一人でいられることは特別なこと

一人でこもるということを悲観するのではなく、それは特別なのだと考えながら生きていかれればいいと思うんです。一人でいられる時間が多ければ、人からの悪意を受けないから、純粋でいられるじゃないですか。お釈迦様が釈迦族の王子だったのに一人で修行をされたのも、そのためだという気がします。

そしてその間、純粋でいられたという、その時間に感謝する。純粋でいられる時間を作ってくれている人たちがいるはずなんですよね。本当に一人で生きていかれないと思うんです。ロビンソンクルーソーみたいな生活をしているのでなければ、この現代社会では必ず誰かの力を借りているはずなんですよね。その一人でいられる特別さみたいなことに気づくことができたら、一歩踏み出せるかなと感じます。

今後の取り組みについて

ダイヤモンド社さんから初めて本を出させていただきましたが、特別なことは一切書いてなくて、読みやすいので、たくさんの人とつながることができる本であってほしいと思います。自分の絵は人の魂とつながるツールであり、魂の生き方みたいなところを、神獣たちを通して伝えているんですけれども、この本もそういった役割を果たしてくれて、たくさんの人に伝わればいいなと思います。

- 今後はどんな取り組みをしていこうと思っておられますか。

今年度は日本では9月に軽井沢ニューアートミュージアムでの展覧会、10月に福島ビエンナーレの一環で大山忠作美術館での展覧会、そして12月5日~16日まで日本橋三越で大個展をやります。

もちろんアート台北やアート021上海、ニューヨークのアーモリーショー、ダラスアートフェア、と世界のアートフェアにも出品して、3月はアートバーゼルの時期に香港のHQUEEN’Sでの個展を開催予定です。

絵画だけじゃなくて色々なマテリアルを使って表現の幅を広げていくことの挑戦もしていて、VR(ヴァーチャル・リアリティ)で神獣の世界を創りだしていて、2019年ヴェネチア国際映画祭VR部門にもエントリーしようと思っています。

【略歴】
小松美羽(こまつ・みわ)
現代アーティスト。

1984年、長野県坂城町生まれ。幼少期より自然豊かな環境で様々な生き物と触れ合い、その死を間近で見届けてきた経験から独特の死生観を構築、死の美しさの表現を目指す。
2003年、女子美術大学短期大学部へ入学。線の美しさに惹かれ銅版画の制作を始める。
20歳の頃に制作した銅版画「四十九日」はその技術と作風が高い評価を受け、プロ活動への足がかりとなる。
近年は銅版画の他に、アクリル画や焼き物への絵付けなど制作の幅を広げ、死とそれを取り巻く神々、神獣、もののけをより力強く表現している。
2014年、出雲大社へ「新・風土記」を奉納。
2015年、庭園デザイナー・石原和幸氏とのコラボレーション作「EDO NO NIWA」を、英国王立園芸協会主催「チェルシーフラワーショー」へエントリーし、ゴールドメダルを受賞。
同作内の有田焼の狛犬作品「天地の守護獣」は、大英博物館日本館へ永久展示されることが決まり、国際的に注目を集める。
2016年、ニューヨークにて「The Origin of Life」を発表。同作は4ワールドトレードセンターに常設展示されている。
2017年、東京ガーデンテラス紀尾井町にて個展を開催し、9日間で3万人を集め、会場史上最大の集客を果たす。
台湾「Whitestone Gallery Taipei」での個展も、3万人以上を集客、計100万ドル以上の作品を完売する。
同年、劇中画を手掛けた映画『花戦さ』が公開されたほか、SONY「Xperia」のテレビコマーシャルに出演。
2018年、北京で開催されたアートアワード「Tian Gala 天辰 2017」にて「Young Artist of the Year 2017」を受賞。
画集に『小松美羽-20代の軌跡- 2004-2014』(KADOKAWA)。著書に『世界のなかで自分の役割を見つけること』(ダイヤモンド社)がある。

【追記】
今年度より「高校生の美術2」の教授資料124ページに小松美羽作【PHOENIX REBORN】が掲載されることになりました。

元々は生徒が小松美羽さんの大ファンで、小松美羽を知らなかった教授が生徒から話を聞いたことがきっかけとなり、昨年の紀尾井カンファレンスの個展を観に来られました。その時に開催されたライブペイントも見られた教授が魅了され、教科書を作ってる出版社と教育委員会に掛け合い、教科書出版社から依頼が来て実現しました。とのことです。

【きっかけとなった生徒さんのコメント】
「自分は昔から人が理解できないものを描いてきた。色や形に意味はなく、自分の中から沸き上がってくるものであり、それが自分でも理解できない。ただただ、絵の具を重ねる行為が楽しいと感じる。小松美羽さんも同じ想いを抱きながら制作を続けてきたと知り、親近感が湧いた。今回の制作を通して、自分の描きたいものを自由に描いて良いのだと分かった。」

■教科書名
・高等学校美術Ⅱ教科書準拠「高校生の美術2教授資料」

【指導のポイント】
《生徒の作品》
◆自分の制作したい方向性と一致している作家や作品を選ぶ。
◆作家の特徴を研究し、自分の作品の条件とする。
◆自分なりの解釈を加え、自己の表現として制作する。

日々の生き様、誰かは見ているもの。更に気を引き締めて【魂】の在り方を追求していきたく存じます。とのコメントをいただきました。

小松美羽オフィシャルサイト