鍼灸で不妊治療やうつ克服に正面から向き合う院長

鍼灸で不妊治療やうつ克服に正面から向き合う院長

人の体と心の関係を意識する人も増えつつありますが、鍼(はり)やお灸で治療をする鍼灸(しんきゅう)を身近なものとして活用できているとは言えません。体と付き合う選択肢のひとつにしてほしいと考える、不妊治療専門の「ハプラス鍼灸院」院長の野溝雄輔(のみぞゆうすけ)氏に、プロの流儀をとことん聞き取らせていただきます。

「国家資格を取りなさい」という一言が道を作った

ー 鍼灸師になろうと思ったきっかけを教えてください。

大学でラグビーをやっていたのですが、頚椎に怪我をしてしまったんです。怪我自体が治った後も、舌がもつれたり、めまいが治まらなかったりで、自分が思いもしなかったいろいろな症状が出てしまって。

そのほかにも、判断する力が落ちていたり、字が読めなくなったりと、生活に支障をきたすようなこともありました。何が何だかわからなくて、いったいどうなっているのだろうと不安になっているときに鍼に出会ったんですよ。

整体師に魅了されるが断られた過去

ー それで回復したんですね。

いやいや、実はその時は劇的に良くなったわけではないんです(笑)。その後、ある整体の先生のところに通うことで、めまいやしびれがなくなって、すっかり治った良くなったんです。それで感激してその先生に「こんなに素晴らしいものを自分もやりたい」と言ったところ「待ちなさい」と諭されてしまったんです。

ー どうして諭されたのですか?

整体は公的な資格がないのです。だから「まずは国家資格を取りなさい。何か国家資格を取ってから整体も勉強したらいい」ということだったのです。それで「痛み」に興味があったので、痛みを取るためには鍼かなと思って、鍼灸師の専門学校に入学して勉強を始めました。

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鍼灸師になるために

ー 国家資格のためだったのですね。

最初はそうだったのですが、勉強しているうちに「鍼灸」という仕事が自分に合っているということが分かってきました。ツボを捉えることは当たり前ですけど、それだけではなく一人一人のために治療方針を立てるということが、自分に合っていると気づいたんです。実際に仕事として働いていくとますますそう思います。

ー どんな勉強をするのですか?

意外と思われますが、解剖学や生理学、病理学、衛生学など西洋医学の勉強をみっちりします。同時に、東洋医学の経絡(けいらく:体内で気が巡っている道筋)やツボのことは勿論、東洋医学の考え方、鍼灸の実技などを3年間かけて学ぶんですよ。

医師と同等な立場となるアメリカ

3年間勉強して、さらに卒業前に実技試験があって、国家資格の試験を受けます。今は4年制の大学もありますし、鍼灸を研究する大学院もあるんです。アメリカだと6年間勉強しないと鍼灸師の資格が取れないので、医師と同等な立場として扱われています。日本でも医師に近い形になって行くかもしれませんね。

ー 資格を取った後は、すぐに鍼灸師として働き始めたのですか?

そうです。大和市の大和鍼灸院でお世話になりました。修行のような形でお勤めしました。そして、3年間働いてから、カナダのトロントへ行ったんです。

そうだ、カナダへ行こう

ー なぜカナダに行こうと思ったのですか?

30歳を目前にして、今のうちにできることをやりたいと考えたんですよ。それで、鍼灸の知識を生かして働いてみたかったので、就労ビザが出るところ、そして結婚して子供もいましたから、家族を連れていけるところを探したんです。そうしたら、カナダでのワーキングホリデー制度が条件に合いました。実はちょっとしたハプニングがあってまあ、空港に着いた早々、「家族は連れてきてはダメだ」と言われるようなことはありましたけど(笑)

「この国は家族を大切にする国ではないのか!」

家族も一緒でいいと大使館では聞いていたのですが、入国審査でだめだと言われてしまいました。「この国は家族を大事にする国じゃないですか」などと交渉したら、「そうだね」って、入国審査官が理解してくれて家族も一緒に1年居ていいということになりました。何でもとにかく交渉してみないと始まらないと学びました(笑)

ー もともと英語は得意だったのですか?

勤めていた鍼灸院が、厚木の米軍基地のすぐ近くで、そこで働く方々がけっこう来られて、仕事をするうちに英語を使わざるを得なくなり覚えたんです。

オリエンタル・マジックを求められる?!

― カナダでは、住んでいる日本人の方が治療を受けに来られるのですか。

いえ、日本人の方が少なく、9割以上はカナダの方々です。びっくりすることもたくさんありました。「オリエンタル・マジック」を期待している空気があったんです。チェルノブイリの事故で移住してきた女性が、子供ができないので鍼を受けてみたいと訪ねてきたことがありました。

他にも膠原病(こうげんびょう)のような難しい病気の人や重度の中耳炎(反復性中耳炎)で耳から膿(うみ)が出ている人のような、日本では病院にかかるような人たちが来るんです。病院ではできないような魔法をかけてくれるのではないかという期待があるんですよ。

ー それは驚きますね!

それまでは、近所のおじいちゃんやおばあちゃんの体の痛みなど、一般的な治療をしていましたから、いろいろな悩みを知ることができ、こういった治療も必要なんだなと鍼灸の役割や可能性を感じました。

カナダで経験したことが不妊治療の専門の鍼灸院へつながった

ー カナダの経験で何か変わりましたか?

日本に戻ってきたら、師匠の息子さんが、渋谷で不妊治療専門の鍼灸院を開業するから、そこで働かないかと。カナダで婦人科領域の症状にたくさん出会ったこともあり、不妊の悩みに応えられる鍼灸師になりたいと思うようになったのです。それから5年後に、渋谷の鍼灸院の同僚と一緒に独立して、横浜で現在の鍼灸院を開きました。

ー 鍼灸は体に痛いところがある人が行くところのイメージですが…

もちろん、整形外科のような運動系疾患を専門にしているところもありますよ。私のところは、子供を望んでいる方の治療から、患者さんの年齢が上がってくると出てくる更年期の悩みに対応していった結果、女性や夫婦のための治療院になりました。だから、男女の不妊治療、月経不順、更年期障害のほか、うつなどの精神疾患を専門にしています。

不妊カウンセリングの資格を取得した理由とは?

ー 不妊カウンセラーという資格をお持ちですが、どうやって取るのですか。

不妊カウンセラーの資格は「不妊カウンセリング学会」という学会に属して、そこで資格試験に合格して取得します。カウンセリングスキルを磨くために継続的な学びは欠かせません。

例えば、カウンセリングの場面を想定したロールプレイで、カウンセラー役、不妊に悩む女性の役や男性の役などをやります。「なかなか子供が授からない」という相談に、「どのような検査をしましたか」と確認したり、「このような検査方法や治療方法がありますよ」というような提案をするようなカウンセリングのスキルを学びます。

ー メノポーズカウンセラーという資格もお持ちですね?

これは「更年期と加齢のヘルスケア学会」で取得する、更年期のためのカウンセラーです。女性ホルモンの減少期にはさまざまな症状が現れ、その数は200種類以上と言われます。それぞれの悩みにしっかりと耳を傾けて、どのような治療法や対処法があるかなどアドバイスすることも一つの役割です。

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施術+カウンセリングが最大の効果を発揮する

ー 鍼灸の施術とは別に、そういったカウンセリングをするのですか?

施術と同時に合わせてやるんです。鍼やマッサージは、体を触りながら話をするでしょ。そうやって話している時間が、すでにカウンセリングになっているんですよ。多忙な病院やクリニックでは、カウンセリングをする十分な時間が取れないことが悩みだと言われますが鍼灸治療は、施術 + カウンセリングでこそ力を発揮できると私は信じています。

特にここの治療院では専門的なカウンセリングスキルを活かした丁寧なカウンセリングができるのが強みです。

ー こういったカウンセリングの資格を取っている人は多いのですか?

産業カウンセラーとか心理カウンセラーとかを取っている方もおられますが、カウンセリングスキルを専門的に持って鍼灸をやるという人はそう多くないと思います。鍼を受けながら話ができると安心ですよね。

ぎっくり腰で来られた場合でも、「原因は荷物の持ちすぎだけではないんですよ。持ち方の癖もなども影響するのですよ」と教えてあげられると、怪我の再発防止や生活面での改善にもつなげていくことができるんです。

鍼灸を選択肢の一つに

ー 鍼灸を全く知らない人もいますよね?

整体やマッサージの方が身近で、興味があったり、やった経験があったりするんじゃないですか。きっと、鍼灸は何をされるのかがよく分かっていない方が多いのだと思います。

それに、鍼のイメージから、なんとなく痛いんじゃないかと思うのでしょう。今の体の痛みより、もっと痛い思いをすることになるんじゃないかというイメージが先行して、なかなか踏み切れないんでしょうね。

痛くないように緻密に作られた鍼

でもね、そもそも鍼というのは、痛くないように緻密に考えて作られているものなんですよ。痛みを取るために、痛みがないものを使うんです。精神的な障壁を取り除くことさえできれば、体と向き合う選択肢の一つになり、痛みに悩まない時間が増えるんじゃないでしょうか。

ー そのためには、どうしたらよいでしょうか?

やはり経験してもらうしかないんです。だれかに紹介してもらうとか、男性ならだれかに引っ張られていくとかですね。女性は案外怖いもの見たさもあるのか、ちょっとやってみたいとか、よくなりたいとか、美容もあるので、きれいになりたいとかで一歩を踏み出します。体の鍼は怖くて嫌だけれど、顔になら平気だという人もいますよ(笑)。まあ、そういうところから試してみるのもいいですね。

ー 女性の方がハードルが低い?

そうですね。女性は健康意識がおしなべて男性より高いです。男性も大切なプレゼンの前などに鍼をやってみると、やる気が出ていいんですよ。顔が引き締まって、目の力も強くなって、かっこよく見えていると思えると違ってきます。「鍼」だけに顔の「張り」が違うんですよ。気持ちがぴんと「張り」ますよ(笑)

触れる時間を増やして信頼を築く

ー 初めての患者さんに対して、気をつけていることはありますか?

先ほどの話とも関連するのですが、怖がって来られる方や何をされるか分からないと思っている方が多いので、できるだけウェルカムな温かい感じにしています。そして、なるべく触れる時間を多く作るようにしていますね。

それもいきなり肩などに触るのではなく、手とか足とかの警戒しない場所にです。あとは、患者さんが訴える前に、「ここが痛いんでしょう」と当ててあげるとか、来たときの状態をつかんで、痛みを訴える前に声をかけるとか。そういう積み重ねで、心を開いて信頼してもらえるようになりますね。

どんどん中性的になっている?

ー こうやってお話を伺っていても、本当に穏やかな話し方ですよね。患者さんは安心すると思いますが、昔からそうなんですか?

できるだけ穏やかにしゃべるようには心がけていますが、仕事柄女性に優しく問いかけるような話し方にどんどんなっていますね。以前よりは中性的になっているのかな。そういえば、身の回りにキラキラしたものが置かれていても、だんだん気にならなくなってきましたよ(笑)

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「この鍼1本で治す」

ー 進んで資格を取られるなど、患者さんをよくしてあげたいと言う気持ちが非常に伝わりますね。

ありがとうございます。自分が目指すものを考えたことあるんです。基本的には患者さんは痛みがあって来院しますが、その人たちが医療に頼らずに、自分で自立して治るようになるのがいいなと思うんですよ。そういう意味で、スピリッツが高い人というか、自分は自分でちゃんと自立して生きている人、雑に生きていない人が社会に増えるといいですね。

ぶれない軸をつくる

ー 「自分は自分でちゃんと自立」というのはいいですね。ご自身で心がけていることはありますか?

自分の中に軸をつくるということです。迷わないということは、体の軸がしっかりしている、ということだと考えています。軸が通っている人は心もぶれないんですよ。施術の時もカウンセリングの時も、料理したり子供と遊んだりする時も常に自分の体の中に軸を意識しているんです。

そして、やりたいことを明確にして、人から何か言われても、「あーそうだね」と柳のように受け流しながら自分の軸に戻ってきて、ぶれないように心がけています。

ー 体の軸が心の軸になるということですか?

真ん中が固まっていると、腰痛も頭痛も肩こりもないし、のぼせたりもせずどっしりとした形になります。病を感じている患者さんは軸がブレブレで来ている方が少なくないので、患者さんと接する時は特に気をつけています。

後輩たちもそうですよね。「この治療法がいいんじゃないか」「あれがいいんじゃないか」とぶれがちですね。だけど、結局は、自分でやるしかない。「この鍼1本で治してあげるんだ、よくできるんだ」 と自分が信じないと、うまくいかない。

「このツボで本当にいいのかな」と自分がブレるのは、患者さんに失礼あと思います。「絶対にこの1本で治す」という気持ちでで向き合うということですね。だいたい、1本の鍼をおろそかにすると外すと、どんどん治らなくなってしまいますしね。

薬にできないことを鍼灸でサポートする

ー うつの治療もされるということですが、うつと鍼灸が私にはちょっと結びつかないのですが…

気持ちと体がバラバラになっているのがうつなんですよ。朝起きないといけないと分かっているのに起きられないとか、頑張らないといけないのに頑張れないとか、何をしたいのか考えがまとまらないとか、突然それまでやっていたことを投げ出してしまうとか……。

そういう人たちって、うつ症状だったりパニック症状だったりしますね。そういう場合は鍼をすると、整ってきて、薬の量も本当に減ってくるんですよ。

うつと鍼灸の関係

ー そのツボはどこにあるんですか?

人によってそれぞれなんですよ。「ご飯は何をおいしいと思いますか?」と聞いても、人によって違いますよね。好みが分かれるし、親が違えばやり方も違うように、ツボも違います。

WHO(世界保健機構)で定められているツボは361です。これ以外に長い歴史の中で見つけたものが2000くらいあるのですが、それを自分なりに組み合わせるんです。だからどのツボがよいというのは本当に人それぞれですね。

お薬でどうしようもなくなった人には、かなり手助けになると思いますよ。お医者さんから紹介もあって来られる患者さんもおられます。病院で、いろいろな薬を試してみたんだけれど、これ以上薬を増やしたくないという方や、薬を飲みながらでも、体だけでも楽になりたいという方も多いですね。今、本当にうつの患者さんが多くて、日本の深刻な部分に触れているように感じることがあります。

自分の体と向き合うために鍼灸を

ー 最後に伝えたいことをお願いします。

「自分の人生を自分のものにしたい」「自分を変えたい」と思うなら、一度、鍼灸を受けてきるのはどうでしょうか。

ー どういう方に受けてほしいですか?

「自分は大丈夫」って思っている人です。自分が無理をしていることに気づいていない人や、体もそうですが、精神的にうまく人に頼れない人ですね。自分を犠牲にして人のためにやっていると思っている人も、人に頼らずに自分だけでがんばって、「かっこいいだろう、オレ」みたいに思っている人もですね。

体の頑張りを知る

体って、私たちが無理してでも動こうとしている時には、黙ってついてきてくれたり、頑張ったりしてくれているんですが、それに対して私たち自身が自分の体への感謝が少しもなくて、いざ調子が悪くなったら、病院で薬をもらって直せばいいという考えになっている人が多いのです。

そういう人は、実は体も心も無理をしている、という自覚がないのですよ。一度でいいから人に聞いてもらえれば、自分の体はこんなに無理をして頑張ってくれているんだと気づくことができます。そのためにぜひ、鍼灸院に来てください。

【編集後記】

しっかり自分の軸をもって、ぶれないことが体にも心にも重要なんだと学びました。「この1本で直す」という強い思いを持った野溝さんは、これからも学び続け、鍼灸の可能性を広げながら、現代人の悩みに寄り添い、支えになってくれると強く感じました。

インタビュー後、鍼を初体験させていただきました。たった1回の施術で劇的に何かが変わるとは思っていませんが、施術後背中がスーッと楽になったのには正直驚きました。痛みも全くありませんでした。
体験レポートのようになってしまいましたが、もし体験されたことがない方は、一度体験されることをお勧めします!

【略歴】
野溝雄輔(のいぞゆうすけ)
ハプラス鍼灸院 院長
不育・不妊症、男性不妊を主とし、美容鍼、更年期症状の治療、症状としての痛みの軽減などにも積極的に取り組む。
「鍼灸師は一生勉強だ」との考えをもとに、「どうすれば患者様に最善の治療をご提供できるのか」「最新の情報、正しい医学的知識はどこで得られるのか」「ほかにも必要な視点はないか」と考え、鍼灸師という国家資格の他にも不妊カウンセラー、メノポーズカウンセラー、医薬品登録販売者、などの資格を取得し、精力的に活動を行う。
(この記事は2018年3月にインタビューされた内容です。)

ハプラス鍼灸院(横浜市)
http://haplus89.com/