優良中堅・中小企業研究を突き詰め、その魅力を本気で伝える

優良中堅・中小企業研究を突き詰め、その魅力を本気で伝える

日本を支える中堅・中小企業の良さを、知っているようで実は知らない?中堅・中小企業が行っている事業について定性的な調査方法でインタビューを行い、その良さを学生にも伝えている、国士舘大学経営学部経営学科、水野由香里(みずのゆかり)教授に、日本を支える中小企業の魅力をとことん聞き取らせていただきました。

戦略は「組織の強さ」に従う

経営者の生の声を授業を通して学生にも伝える

ー 大学教授としてどういったことをメインで教えられていますか?

「イノベーション論」という授業をメインで教えています。あと経営学部の特徴として、「優良中堅・中小企業研究」という授業があって、そのためにも特定の事業領域でトップのシェアを持つ企業さんの研究をしています。企業さんの概要と、なぜそういった競争力を維持できたのかを説明する授業ですね。

授業自体は2つのパートからなっていて、1つは担当教員がそれぞれ自分たちで調査した事例を持ち合って、授業の中で講義をするパートと、もう1つは実際に社長さんに来ていただいて、トップシェアの秘訣などをお話しいただくパートです。ちょうど先週、株式会社ナベル(全自動鶏卵選別包装システムを製造・販売しているメーカーで、鶏卵関係の装置システムでは世界初の技術を次々に投入している企業)の会長さんが来てくださって、50分くらい事業の内容とか、今の事業になる原動力とかの話をいただいて、30分くらい対談をして、残りの時間で質疑応答という形で進めたという授業があります。

ー それは興味深いですね。

やっぱり社長さんに語っていただくことも大事なんですけれど、語っていただくだけだと、どうしても一人称じゃないですか。ですけれども、我々が社長さんの意見を引き出す質問とか補足とかをすると、もっと学生に非常に響くんですね。私自身、結構、力を入れてやっている授業です。

ー 『戦略は「組織の強さ」に従う』という書籍について、お話をお伺いします。正直、レベルが高い本だと思います。

最初に『小規模組織の特性を活かすイノベーションのマネジメント』という本を書いたときに、フレームワークとか戦略を入れたかったんですけれど、まだ十分に煮詰まっていなかったんです。バリバリの研究書に煮詰まっていないものを入れると学術書としてのクオリティが下がってしまうので、まだ時期尚早だろうと。

きちんとした研究書を書いたうえで、出版した後にいろんなことを考えていて「これをこう考えたらいいよね」っていうようなことが膨らんできて、実は去年(2017年)の5月2日に編集長のところに企画書を持って行って、「これで書かせて下さい」ということで始まりました。

水野由香里

中堅・中小企業の良さを伝えたい

ー 以前書かれた『小規模組織の特性を活かすイノベーションのマネジメント』が平成28年度の中小企業研究奨励賞を受賞されました。この賞はどういった賞なんでしょうか。

商工中金のシンクタンク的位置づけの、一般財団法人商工総合研究所という組織があるんですけれど、この財団が設けている賞で、その賞が創設されてから長い時間が経っています。私の先輩でもこの賞をいただいている方が何人かいらっしゃるので非常に名誉なことだと思います。

ー きちんと研究対象や研究内容が評価されたということですね

そうですね。有難いことだと思います。

ー その研究で煮詰まらなかったものを、今回の『戦略は「組織の強さ」に従う』という本に書かれているということですね。いろんな事例がものすごくたくさん載っているなと思うんですけれど、相対的にこの中で先生が伝えたいこととはどのようなことですか?

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基本的には、「中小企業って保有資源が少ないし、資金繰りなども大変だけれど、実はものすごく魅力的なんだよ」っていうのが根底にあります。「ないない」っていう言い訳をする人たちっているじゃないですか。でも「ない」と言って「ない」を言い訳にしたら、「ない」んですよ。だけど「ない」を言い訳にせずに、「ない」中で何をするのか、すごく大事なことだと思っているので、そういったメッセージを伝えたいです。

だからもう皆さん(事例対象となっている企業さん)、打たれ強くて、「ない」中でどうするのかっていう最大限の工夫をしながら成果に結び付けてきたところは、やっぱり中小企業の魅力であると思うので、そういったことが伝わればいいなと思っています。

物心ついたときから傍にあった事業

ー こういった研究を始めようと思ったきっかけは?

『小規模組織の特性を活かすイノベーションのマネジメント』の本の「はしがき」にも書いてあるんですけれど、実家がアパレルの包装資材の商社をやっていたので、そういったところで見て興味を持ったというところかと思います。意外と経営学者って実家が事業をやっているケースが非常に多いんですよ。

ー 書籍での事例では製造業が多いかと思うんですけど、製造業にスポットを当てているというのはどのような理由があるんでしょうか?

ものづくりが好きなんですよね。やっぱり。日本の競争力の源泉ってそこにあるんじゃないかなと思いますね。小学校5年生のときに工場見学で、トヨタの本社工場に行けたんですよ。そういったことも結構、印象的でした。ここまでマニアックになるとは思いませんでしたけど、もう、工場に行って製品や部品を作っているのを見て「萌え~」って(笑)。

この本を読まれた大企業に勤める読者さんたちから「自分が管理というところばっかりでマネジメントしてなかった」という反省や「自分を振り返るいい機会になりました」というコメントをいただいています。小さい企業の組織の方のみならず、大企業に勤める方々にも響くところがあったというのが、この本を書いて良かったなと思っています。

ー 今、中小企業の悩みで「人材を全然確保できない」という話がよくありますが。

大学では、「優良中堅・中小企業研究」という授業で中小企業らしい良さを伝えたり、ゼミでは就職先は「B 2 CじゃなくてB 2 Bの企業を狙え」というようなことを言ったりしています。要は、一般消費者向けの企業って名前が知られているけれど、企業対企業で取引している会社ってなかなか知られていない。「だから狙い目だよ」「競争率、低くて良いところに行けるはず」そんな話もしていますね。

ー 上場しているけどあまり知られていない企業など、ちょっと一般では分からないけど素晴らしい会社って、沢山ありますもんね。

ちょっと話が逸れますけれど、静岡に本社がある協立電機さんという企業は、工場の装置とか作っているのですけれど、JASDAQに上場しているんです。上場する理由が、「東京に本社がある企業で上場しているといっても全然見向きもされないけれど、静岡市で上場しているのは確か8社から10社くらいしかない。その中で上場している企業だったらすごい目立つんです」って。「だからうちは上場している意味があります」ということをおっしゃっていたことがとても印象的でした。東京で上場しているといっても、4,000社近くもあると、埋もれてしまう中で、地方とかだ、とやっぱりそういうのが目立つということがあるみたいです。

ー 確かに地方企業は特に、上場しているというだけで人を集めやすくなりますね。

私はできるだけそういった「一般的にはあまり知られてはいないかもしれないけれど良い企業」を探すことをしているし、学生にはそういった企業に就職して輝いてもらいたい。だからそういう企業を事例として取り上げて紹介している部分はあります。やっぱり「優良中堅・中小企業」の社長さんたちも良い学生を集めたいといったことを望んでいらっしゃいますし。

インターンシップに行って、そこからセレクションに行くようなケースもありますね。うちのゼミ生も、ある企業に内定をいただいて。とってもいい企業さんです。この前も株式会社ナベルの会長がいらっしゃったときには、学生が「インターンに行きたいです」と直訴して、会長が「京都ですけど、いいですか?」って。で、学生が「行きます!」って(笑)。

そういう機会を提供してあげるのも、とても大事なことだと思います。そうすると「自分で探してちゃんと悩みぬいて選んだ」「行きたい(就職したいと希望する)ところに行った」という意識が強くなるので。そういった意味でも中堅・中小企業の良さを伝えたいというのが私のひとつの研究のミッションでもあると思います。

水野由香里

ブレずに続けること

ー 中小企業が強くあり続けるためには、どういったポイントが必要になってくると思いますか?

いくつかポイントはあると思うんですけれど、やっぱりトップがブレないことがすごく重要だと思います。中小企業に限らず大企業もそうですけれど、一つ間違えちゃうと「殿・姫のご乱心」ってなるから要注意なんですけれど、やりたいことを続けられるって中堅・中小企業、そして、非上場企業の特権だと思うんですよね。

よく言われるのが、大企業とか特に上場企業だと3か月に1回「成績表」(四半期決算)が来るじゃないですか。それでやりたいこともできない。「10年、20年先のことを考えた意思決定なんてできない」とおっしゃるんですよ。一方、中堅・中小企業というのは、30年40年社長がずっと変わらないというようなところで、やり続けることができるところはすごく強みだし、中堅・中小企業の良いところだと思います。

上場企業さんの例になっちゃいますが、東レとかも炭素繊維で注目を浴びているじゃないですか。でも、あれは1962年からずっと研究開発を続けてきたんですよ。研究開発資金を捻出するために、ちょこちょこ釣り竿用にしたり、スポーツのラケットにしたり、剣道の竹刀とかにして少しずつ食いつなぎながら、最終的な目標である飛行機に持って行く。これができたのは、上場企業であるけれども、前田さんという社長が絶対に辞めなかったからなのだそうです。そういった覚悟があったんです。

大企業は中堅・中小企業が羨ましい?

米倉誠一郎先生(一橋大学名誉教授、現一橋大学特任教授兼法政大学大学院教授)からのお仕事で、グローバル・オープンイノベーション・フォーラムというお仕事にかかわらせていただいているんですけれど、ナインシグマ・アジアパシフィックという会社があって、オープン・イノベーションといって、複数の企業間でイノベーションすることなのですが、そのときに、まず「どんなことをやりたい?」ということを明らかにして、それについて「こんな技術やノウハウが欲しい」という要望をマッチングするお手伝いをする企業なんです。

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このマッチングをお手伝いしているナインシグマ・アジアパシフィックが主催しているフォーラムがあるんですよ。そこにネスレとか、P&Gとかジョンソン・エンド・ジョンソンとか、オープン・イノベーションの「見本」とも言われる人たちが来てくれて講演をしてくれるんです。

その中でおっしゃるのが、「小さい企業が羨ましい」。「時間をかけて開発することができないから、だから結局、買収するんだ」と。「買収によって時間を節約して相乗効果を狙っていく。そういう方法を取らざるを得ない」と、いつも言っていますね。

ー 大きい会社には大きい会社の悩みがあるんですね。

最初の本に書いてあると思うんですけれど、「大企業に研究テーマなんかゴロゴロ転がっているから、やりたいことをやらせてくれるとは限らない」というような話もあります。

水野流の聞き出す方法

経済学や経営学の分野ですと、大きく2つの研究のタイプに分かれます。1つが私みたいにインタビューをして聞いてきたことを整理して分析して内容をまとめていく「定性的な調査方法」と、もう1つが統計データとかアンケートを項目ごとに統計分析をかけていく「定量的な調査方法」という2つがあります。

私は「定性的な調査方法」を大事にしているんですけれど、そうなるといかに話の本質を聞き出すことができるのかということがカギなので、そういったところはすごく気をつけています。

ー 話を聞きだすのにどういったポイントを重視しておられますか?

「優良中堅・中小企業研究」での講演もそうなんですが、一人称のマイワードで語る社長さんたちがいて、そのときに「あれ?」って気づくというのがすごく大事だと思います。時々、独特な意味で用語を使われるじゃないですか。そういったところはちゃんと「それはこういうことですか?」というように聞き返して深堀していくということです。

中小企業大学校で教えている事例とは

独立行政法人 中小企業基盤整備機構という経済産業省の外郭団体があって、そこで中小企業大学校という下部組織があって、その中小企業大学校の新しい研修カリキュラムを作っているんですね。それは安倍政権の「未来投資戦略 2017」のなかに「中小企業大学校の機能強化」が含まれていて、そのためのカリキュラムなのです。

昨年度、私の担当は今年の1月だったんですけれど、研修カリキュラムのパイロット授業という位置づけでした。今年度はフルで半年間かけて13日間の講座をやるんです。研修カリキュラムの中核には玉田工業の事例が据えられていて、半年間かけて研修するという形式になったというのがこれまでの検討会のアウトプットですね。

ー 数ある事例の中で本当にそのマッチしたカリキュラムって、どういう目線で選ばれるんでしょうか。

大変だったんですよ。検討会で何が一番メインになったかというと、玉田工業が汚染水タンクを作るというプロジェクトがあって、玉田工業は通常、大型タンクをひと月に3基くらいしか受注がなかったのです。もともと大きなものなので、それほど多くの受注が毎月入るわけではない。それを2か月で270基作れっていうオーダーだったのです。「普通の会社だと断るよね。でも、どうやってやり遂げることができたの?」という話で。

水野由香里

もともとは本学の「優良中堅・中小企業研究」という授業に玉田社長がいらっしゃっていて、お話を伺っていたら、「これは良いケースになるな」「世の中に残しておかなければならない事例だよな」とピンときて、社長を口説き落として、ケース教材にさせてもらったんですよ。それをいろんな勉強会で使っていたら「これ、いいね」という話になって。

それを検討会で、中小企業大学校の研修カリキュラムの中核的な教材に据えようという話になったのです。要するにその辺の経営者だったら引き受けないじゃないですか。「そんな普段3基しか作ってないのに270基なんて、作れるわけないでしょう?」となると思います。だけれど、玉田工業は覚悟して決意してやり遂げた。その点に検討会のメンバーが着目して、推薦してくれたのです。

そういうところをどうして引き受けたのかという経営者の意思決定と、具体的に実際にやり遂げるためにどうしたのかというところがポイントなんです。でも「このケース教材だけ見ていると、玉田工業はどうしてこうした企業になってきたのかのプロセスが分からないから、(汚染水タンクのプロジェクトの)前の段階のケース教材も書いてくれ」という話になって、その前段階のケース教材を書いたら「その後、どうなったの?」という話になるじゃないですか。

その後の物語は海外展開とM&Aなんですけれど、これが、中小企業大学校の研修カリキュラムの検討会では、中小企業の事業展開のある意味、典型的な発展事例だということになったのです。

こうして中小企業大学校の研修カリキュラムでは、玉田工業のベトナムの海外展開の事例とM&Aの事例を全部ひっくるめて、トータル4本のケース教材を提供するということになりました。これは、まず事例ありき。でも、その他にこのカリキュラムにはテーマがいくつかあるんですよ。「中小企業が直面する課題」を7つ抽出して、その課題に対応するケース教材を用意するような形式になっています。

ー その玉田工業の話はインタビューを読んでいる人、絶対聞きたいと思います。どうなったんだろう。

実際にプロジェクトが動き出すと次から次へといろんな問題が起きてくるんですよ。それを経営者として、現場のトップとしてどのように解決していくのか。非常にスリリングであり、また「なるほどな」って思わせる教材になっていますね。このケース教材を読んで、感動して泣いたという話を何人もの人から聞きました。

単純にすごいから

『戦略は「組織の強さ」に従う』の本に出てくる企業さんは、みんなすごくて、通常の研究書・学術書として書く時には、「なぜその企業を選んだのか」という説明責任とか妥当性がいるじゃないですか。研究者としては。でもこの本は、「いや、私がすごいと思ったから」という基準で事例を選ばせてもらっています。一般書で実務家に視線を向けた本ですね。研究書として出すときには、「なぜこの企業なのか」とか「なぜこのタイミングにフォーカスしたのか」という説明をしないといけないけれど、この本は、私としては学術書という位置づけをしていないので、その必要がそれほどない。「単純に“すごい”から。私が何百社と見てきた中で、すごい企業だから」ということなんです。

私がすごいと思った企業の紹介その1 株式会社ナベル

書籍の事例として取り上げている、ナベルさんだって本当に、卵しかやらない。「養鶏業者さんが抱えている問題だったら、なんでも解決しますよ」ということで、ひび割れの卵を見つけるための方法を十何年もかかってやり遂げたんです。同業他社、ライバル企業は卵のひび割れをカメラを使って見分けようとしていたけれど、でも現会長は「いや、カメラでは絶対見えない」とおっしゃるんですね。

なぜかというと、検査している工程で検査する人たちはどうやってひび割れを見ているかというと、コンコンと叩きながら音が違うということで、ひび割れかどうかを判断している。だから「決してこれはカメラでは見えない」って断言して、「音だ!」っていう。それでソリューションを見つけたっていう企業さん。京都ではすごい有名な企業さんですよ。

水野由香里

私がすごいと思った企業の紹介その2 株式会社クロスエフェクト

こちらも本の事例として取り上げている、クロスエフェクトさんも京都の企業さんですけれど、小児患者の心臓を手触りまで含めてほとんど本物の患者の心臓のようなシミュレーターを作ってしまうんです。小児患者の心臓をCTでスキャンして、画像処理して、血管の1本1本まで忠実に再現するということができれば、お医者さんは手術の練習ができる。手術の時にメスで開けてみて「こんなはずじゃなかった」ということが起こらないのです。

このシミュレーターの開発から始めて、医療業界に入って行って、そこから医療業界での事業を拡大して肝臓とかいろんなものを作っているのです。今、「ブラックペアン」ってドラマが放送されているのですが、あのドラマにも臓器のモデルを提供しているんです。

ドラマの「医龍」もそうですよ。私がクロスエフェクトさんに行ったときに、「これっ、ちょうど今、返ってきたんだ。ドラマで小池徹平くんがこの心臓のモデルを使って練習していたんだよ」って。私も触らせてもらいました。それに、このようなお仕事をクロスエフェクトのみんなが楽しそうにやっているんですよ。

ー これらの企業はどうやって見つけてくるんですか?

ナベルさんは紹介だったんですけれど、私は、大学院のときからすごく京都に入り込んでいて、(本の事例の一社である)川並鉄工さんとかは、私の大学院生時代の頃から知っていますよ。そうするとやっぱりご縁が広がってくるので、しばらくして支援機関とかコンサルタントしている方とかから、「こんな企業さんあるよ」と紹介していただいて、ナベルさんには行きつきましたね。

ー チョイスがマニアックだなと思って。

マニアックでしょう?研究者は超マニアックですから(笑)。

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「へぇ!」や驚きを大事に

ー 製造業とか全然分からなくても、そういう話を聞いてからこの本を読んだら、なお面白くなりますね。

授業とかで教科書として使ったりする時、この本に書いてないエピソードを紹介したり、さっきみたいに、ドラマで使われていたとか、「医龍」で小池徹平くんが触ったとか、あとマスダックさんとかのエピソードを話します。黄色のタイプのスタンダードの「東京ばな奈」は(装置のみならず商品まで)全部マスダックさんが作っていて、それだけで「へぇ!」って反応が返ってくるんですけれど、それだけではなくて「東京ばな奈は、作ってすぐに出荷するんじゃなくて、自動倉庫 で3日間寝かせて味を安定させてるんだよ」と東京ばな奈のこだわりを伝えると、また学生が「へぇ!」と言うんです。で、「黄色の東京ばな奈って、この会社がOEMで作ってるんだ」って実感するじゃないですか。というようにして、事例企業の印象を留めてもらって経営学の理解を深めてもらう。

ー 事前情報が入ってくるだけで全然違いますよね。

やっぱり「へぇ!」とか驚きって大事じゃないですか。「なるほど」とか「すごい」とか。

ー 「そうなの?」って思ったことをとにかく伝えていきたいですよね。

やっぱり伝えなきゃいけないじゃないですか。伝える義務があると思う。社長さんとか会長さんとかにお時間いただいて、ヒアリングさせていただいて、そういったものを世の中に発信していく必要があると思うので。いいことかどうかはおいといて、学生にたまに言われるんですけれど、「先生の授業難しいですけど、とっても楽しそうに話しているから、自分たちまで楽しくなるんです」とかっていう話を聞いたことは何回かあります。

ー 先生の今後の「こういうことをもっとしていきたい」ということがあれば教えてください。

結構、研究者って一つ大きな研究成果が出ちゃうと「おしまい」っていう人がいるんですよ。あとマネジメント職をやっていくとか。すごく内向きで官僚的になっていく組織とか人とかいるんですよ。学内政治とかに興味を持つ人もいる。もちろん、役割分担はしないといけないので、やらざるを得ないという局面に直面して、「行政」をやっている研究者も少なくないんですが…。

でも、私はやっぱり研究者としてまだまだだと思っているし、研究のアウトプットに集中しているお友達が周りにたくさんいるんですよ。そういう友達に負けたくないじゃないですか。だから、まだまだ研究を続けていきたいなと。それに、良い企業さんを発掘して、良さとかそれを教育教材としても開発して世の中に浸透させていきたい。今までにケース教材は5本書いているんですけれど、授業用で公開していない学部生向けのケース教材にかんしてはもっとたくさん書いているんです。公に日本ケースセンターというところに登録してあるケース教材は5本ですね。

それを増やしていって、「こういう企業さんってこのようにピンチを乗り越えてきた」ということを知っていただく。もうすぐ新しいケース教材が出るんですよ。日本ケースセンターへの登録は6本目のケース教材になりますが、ステンレスタンクの企業さんで森松工業という岐阜にある企業さんなんですけれど、ステンレスのパネルタンクで真ん中が球体になっているところに特徴があって、大型の貯水槽とかのステンレスタンクを作っている会社さんなんですけれど、中国に進出したんですよ。

そこで、いろんな問題が起きるんですけれど、それをうまく、なんとかハンドリングして、中国事業は今や日本の売り上げ・利益共に大幅に超えるグローバル企業になっている。どうやって数々の「災難」から立ち上がってきたのかという軌跡はエキサイティングです。もう、すごいですよ。中国に出て行って合弁先のローカル企業と大喧嘩して、上海市長にまで文句言いに行ったとか、それでやっと自分の企業だけの資本で自由にできるようになったかと思えば、今度は元工場長が特許を勝手に出願しちゃって。

で、特許の差し押さえに成功したかと思えば、今度はライバルメーカーが「じゃあ、真似してもいいよね」って、勝手にステンレス製のパネルタンクを作り始めて価格が暴落したとか。そんな次々と襲い掛かる困難の中で、「雑草のような力強さ」で立ち上がってきたという企業さんなんですよ。そういうケース教材も出ます(その後、このケース教材は6月12日に日本ケースセンターに登録されました)。

世の中にたくさんそういう企業さんや事例って、まだまだたくさんあると思うんですよ。だから将来の日本の経営者も含めて、学生もそうですけれど、ちゃんと勉強してもらえるような教材や研究成果をこれからも出していきたいなと思っています。

水野由香里

【略歴】
■水野由香里(みずのゆかり)
国士舘大学経営学部教授。

聖心女子大学を卒業後、一橋大学大学院にて商学研究科修士課程を修了、商学研究科博士課程単位取得満期退学。
独立行政法人中小企業基盤整備機構の研究員、西武文理大学で専任講師・准教授などを経て、2016年度から国士舘大学で准教授として教鞭を取り、2018年度には同校教授に。主に「イノベーション・マネジメント論」を教えている。国士舘大学経営学部の看板授業となっている「優良中堅・中小企業研究」では、自らの研究事例を教えるほか、大学に中堅・中小企業の社長ら経営幹部を招き、講演にとどまらず、本音を聞き出す授業に注力している。
2005年に日本経営学会賞、2017年に著書『小規模組織の特性を活かすイノベーションのマネジメント』(碩学舎)で中小企業研究奨励賞を受賞。

著書に『小規模組織の特性を活かすイノベーションのマネジメント』(碩学舎)、『戦略は「組織の強さ」に従う』(中央経済社)がある。

水野由香里教授:国士舘大学サイト

戦略は「組織の強さ」に従う