数多くの国際的な資格を有し、年間100本もの講演と、近刊『心理マーケティング100の法則』が好評な日本有数の講演家、酒井とし夫(さかいとしお)さんに、ウケにウケている講演の秘訣と、心理マーケティングとは何なのかをとことん聞き取りました。
講師をやってる時が一番楽しい
10年ほど前から講演会の講師をやっていまして、日本全国の商工会議所・企業・行政団体からお声掛けを頂き、ビジネスやマーケティング、心理学の講演を年間80~100本ほど行っています。コンサルティングもやりますがメインは講師で、講師をやっている時が一番楽しいですね。話がウケて、「元気が出た、楽しかった、役に立った」と言ってもらうと嬉しくて、ライブで盛り上がったアーティストみたいな気持ちになりますよ。
その代わり、ウケない時はかなりへこみますね。感触ではウケてないなと思うことが1割くらいあるんです。10年も講演やってると、最高にウケた時の記憶が基準になっちゃってるので、どうしてもそれと比べるから、普通の盛り上がりでもお客さんのノリが今ひとつに感じてしまう。そこでよせばいいのにムリして盛り上げようとして、逆にカラ回りすると・・・帰りの電車の中はつらいですよ(笑)。
野球の話なんですが、先発投手は思い通りの投球ができなくても、1回から9回まで投げて試合をつくるのが使命なんだと聞いたことがあるんです。それを自分に置き換えてみると、ウケようがウケまいが、あるいはその日の調子にかかわらず、とにかく自分に与えられた2時間の試合をきっちりと組み立てることなんだと。5年目くらいにそう思ってから、講演が面白くなりました。
講師という仕事に出会うまで
― 講師として活躍される前は、どういった仕事をされてたんでしょうか?
最初は東京の広告代理店です。スーパー、旅行会社、料亭の営業担当で、チラシなんかをつくってました。
その後、28歳で独立して、写真を貸し出すライブラリーを始めたんです。カメラマンから写真を預かって、その何万点もの写真を1冊のカタログにまとめて、制作会社に配るんです。それでその会社が旅行や温泉のパンフレットに載せる写真を、カタログの中から選んでもらって、1枚いくらで料金をもらう。それをカメラマンと折半するという業務でした。そのころはバブルだったんで、資本金の1000万円は集まったんですけど、それもあっという間になくなって…。
それから広告の制作のディレクションを始めましたが、そのころパソコンが世の中に出始めてきて、今度はそっちのほうが面白そうだと、マイクロソフトのインストラクター資格の認定を取りました。それで江戸川区でパソコン教室をひとりで開いたところ、どういうわけかおばちゃんたちが押し寄せて、これが大当たりだったんです。
好事魔多し!再起を図ったホームページ
しかし好事魔多しというか、体を2回壊して入院するはめに。どうにか退院できたと思えば、今度は目の前に格安のパソコン教室ができてて、そのころはマーケティングとか経営なんて知らなかったんで、お客さんはそっちに流れて、結局は閉めることになりました。
その後、田舎の新潟に帰って土木会社に勤めましたが、そこでは大けがをしてまた入院。ベッドで寝ながら、退院したらもう1回田舎で再起業しようと考えて、ネットで株式投資の500ページくらいあるマニュアルを販売したんです。これがめちゃくちゃに売れて資金ができたので、また東京に出てきてセミナーに出まくって、マーケティングは面白い、心理学も面白いと思ったんですね。
それでその両方をミックスしたリポートをHPにアップしておいたら、出版社の編集長の目に留まったんです。それで1冊目が出ることになりました。
アガリ症なのに講演を引き受けて
― それが『小さな会社が低予算ですぐできる広告宣伝心理術』という本ですね。
せっかく出版したからには売らなければ思ったので、なんとかメディアに採り上げてもらおうと、新潟県内の新聞社、ラジオ局、雑誌社へ手当たり次第にFAXを流して、読者プレゼントもしますってお知らせしたら、何社かが応じてくれたんです。それを新潟商工会議所の経営指導員の人が見てくれて、講演依頼の電話があったんですね。今から思えば、それが講師業のスタートでした。
[adchord]しかし、極度のアガリ症だったので断りました。3回断ったんですけど、4回目の電話ではとうとう断り切れなくなって、つい「ウン」と言ってしまって、それからずいぶん練習しました。いざ講演ではウケたんですけど、胃が痛くなっちゃって、別に講師になるつもりもなかったし、もう2度と講演はやらないって決めてました。
人気講師との出会い
その後、日本一の人気講師に選ばれたことのある木越和夫さんという方が、地元で講演をするというので聞きに行ったんです。講演が終わった後、木越先生とお話したいと思ったんですけど、先生はいろんな人に囲まれていてムリだとあきらめて、名刺だけ置いて帰りました。
すると翌日先生から電話があり、僕のブログを読んでくれたそうで、なかなか面白いから講演をやらないかと言ってもらいました。先生もその頃はブログにはまっている時期で、タイミングもよかったようです。それで僕の講演を撮影したものを送ったらまた電話があって、先生の地元、福井県の小浜で2回目の講演をやることになりました。
それで木越先生から、君は講師向きだからぜひ講師をやったほうがいいと言われて、講師派遣会社を紹介してもらい登録をしました。とは言っても無名ですから、当初まったく依頼はありませんでした。でも悔しいから、メルマガやブログで「講演やります」と言い続けているうちに、だんだん依頼が舞い込むようになって、今日に至ります。
「講師向きだ」と言われたハズなのに
― 師匠である木越先生はどんなところを見て、酒井さんの才能を見抜いたんでしょうか?
僕も気になってたので、先日木越先生に電話した時に聞いてみたんですよ。だけど、「そんなこと言ったかなあ」って返事でした(笑)。呑んでる時に聞いた話なので、真偽はあやふやなままですけどね。でも言ったほうは忘れても、言われたほうは覚えてるもので、やっぱり聞いたハズなんですけど。
ライブのような講演
講演をやってみてわかったんです。講師は本を何冊も出してるような頭のいい人が多いんですが、なんだか講演は授業みたいなんですよ。ですから僕の講演は、授業じゃなくライブみたいにしようと。
僕は大学の時に人形劇の劇団に入ってて、大人向けの文楽のような人形をつくって、脚本書いて、演出してたんですね。笑いもとって、最後には感動させて。講演も同じように、元気が出て、明日から頑張れるような構成で、酒井とし夫という講演家が演じる2時間のライブなんです。
マーケティングに別の要素をくっつける
― 売れに売れて、すでに増刷のかかった新刊『心理マーケティング100の法則』について伺いたいと思います。これは心理学がテーマの大きな要素になっているんですよね。
マーケティングを勉強する過程で、マーケティングで言われているノウハウやスキルって、心理学の実験結果に合致する部分が多いと気がついたんです。考えてみれば、人間を相手にしているんだから当たり前の話なんですけどね。心理学が好きだったから、そう気がついたわけです。
僕はマーケティング分野でポジションを取ろうと思ってたんですけど、すでにそこには偉い人がたくさんいました。それだけでは入り込む余地はないので、マーケティングに別の要素、つまり心理学をくっつけようと考えたんです。
10年前のネーミングが生き返る
当初、心理マーケティングということで講演をしてたんですけど、講師派遣会社の担当者に、一般の人はマーケティングじゃわからないからその言葉は使わないでと言われて、「商売繁盛心理学」という言葉に変えて商工会議所などで講演してます。
今回もこの本のタイトルは「商売繁盛心理学」で出したんですが、出版社のほうで「心理マーケティング」に変更しました。商売繁盛だと商売人向けになっちゃうので、幅広く売ろうという意図ですね。10年前に考えていたネーミングが生き返ったことになります。
― この本の売れ行きが好評な要因は、何だと思われますか?
そりゃもう、表紙が真っ赤で目立つからじゃないですか(笑)。自分では「マーケティングの赤本」というポジションで本を広めようと思っていますが(笑)。それと「100」もインパクトがあるようで、20や30だとたいした数だと思ってもらえない。1000だと多すぎて読む気にならない。100か101がいい数字なんですね。
とにかくこの装丁は素晴らしい。装丁したデザイナーさんが言うには、この赤はそのへんの赤じゃなくて、資生堂のTSUBAKIと同じ、恐れ多い赤なんだそうです(笑)。今まで本のタイトルから何から僕の意見は通ったことがないんですけど、それがよかったのかも。
[adchord]講師としての差別化
― 酒井さんはNLPとかGCSとかでいろんな資格を取得されていますが、特に資格にこだわらなくても十分通用しているのに、なぜ資格なんですか?
これは一種の「権威付け」なんですよ。講演の世界に入る時、経営戦略というテーマで入っても有名なコンサルタントにかなうはずもないし、マーケティングでもキャッチコピーでも、営業、マネージメント、会計などでも、それぞれに先人がいて勝てっこない。
そこで、どこからなら入れるのか考えた時、広告宣伝からなら制作やディレクターの経験もあるし、いいんじゃないかと。ただ、広告宣伝というテーマだけだとちょっと弱い。それなら好きな心理学と組み合わせて、広告宣伝心理学にしようと決めました。そして「ビジネス心理学講師」というポジションで活動するにはNLPとかコーチングだとかの資格があったほうが箔がつくじゃないですか。何事も他との差別化が大切ですよね。
差別化とはオリジナル化
経営を構成している8大要因は、商品、地域、客層、営業、顧客対策、資金、組織、時間であって、それぞれの中で、商品で他とは違うやり方、営業方法で他とは違うやり方など、それぞれ全部一貫して他とは違うやり方をするんだということを、ランチェスター経営の第一人者である竹田陽一先生に教えて頂きました。
なぜすべての要因について差別化が必要なのかというと、大手からのプレッシャーを受けないためなんだけれど、すべての要素で差別化するとなれば、結局はオリジナルでということになってしまいます。
自然に差別化できているとき
今まで失敗もたくさんありましたが、うまくいった時って、後から考えると自然に差別化がきてた時なんです。パソコン教室が当たったときは、他の教室ではOLがターゲットでしたが、僕のところはたまたまお客さんがおばちゃんだったんですよ。それでおばちゃんをメインにしたらうまくいったんです。
ネットで株のマニュアルを売った時も、長期投資とかデイトレードの出版物はあったけど、3日から4日くらいのスイングトレードっていう分野のテクニカル分析を出してる人はいなかったんで、そこを書いたら売れたんです。
講演も他の講師の先生方の多くは講師派遣会社から仕事をもらうんだけど、僕は営業方法で差別化してるから、講演依頼の9割は主催者からの直接の依頼ですね。結果的にうまくいった時は、他とは違うやり方だったからということが多いんです。
これも最近になってわかったんだけれど、自分が渦中にいると視野狭窄になって、見えないものが多くなる。朝から晩まで自分の仕事やってるとわかんなくなることがある。パソコン教室やってた時の経験だけど、始めて1、2年たったころ、アルバイトに「この教室汚い?」と聞いたら、即座に「汚い」と言われた。毎日見てるせいで気がつかなかったんですね。
[adchord]元気が出る講演
最初は竹田先生のように一字一句完璧に理論的にしゃべって、時間内にきっちり終えるという講師を理想としてたんですが、僕の話は理論的でわかりやすいという感想が一切なかったんです。その代わり、「元気が出た」「楽しかった」という感想が多くて、講演に同行してた僕の奥さんも、「2時間も一生懸命しゃべったのに、楽しかったはないわよね」って大笑いです(笑)。
でもそれが差別化のポイントで、お客さんに教えてもらったんですね。最近は講演依頼があると「なぜ僕なんでしょう?」と尋ねるんですが、僕の講演は「明るく、楽しく、元気になれて、役に立つ」と言ってもらえます。それが僕の強みなんですね。「あなたはこういう人だね」と、大体お客さんから3回くらい言われると、それが差別化できるポイントだったり、強みだったりします。
商売の面白さを思い出させる
講演を聞きに来てくれる経営者は、僕なんかよりも遥かに商売のことを考えてるわけだから、いまさら僕が経営がどうのって演説したって、「そんなことは百も承知じゃ。バカヤロー」なんてヤジられるのが関の山ですよね。だから、「ああそうだよな、商売って面白いよな」と、喜んで帰ってもらいたい。
僕はライブにも行ったりしますが、ライブで金の稼ぎ方を教えてくれるわけじゃないし、人生を教えてくれるわけでもない。でも元気が出るじゃないですか。そのライブの役目を講演家として僕はやるんだって思っています。
日本一の講師になりたい
日本一の講師は誰?という話になった時に、僕の名前が出てくるような存在になりたいです。おととし、四谷で田中真澄先生の講演に行ったんですけど、82歳で2時間立ちっぱなしの講演。パワーが半端なくすごかったです。7000回の講演キャリアだそうです。僕もそんな立派な講師になりたいし、「日本一の講師と言えば酒井さん!」。そう言われるようになりたいですね。
【略歴】
酒井とし夫(さかいとしお)
ファーストアドバンテージ有限会社代表取締役。プロ講演家。ランチェスター経営認定講師、米国NLP心理学協会認定ビジネスマスター、米国NLPコーチ、GCSコーチングコーチ、コミュニケーション心理学マスター、LABプロファイル・プラクティショナー有資格者。
1962年生まれ。立教大学社会学部卒。広告会社を経て、28歳で独立し、広告制作会社を立ち上げる。以後、撮影ディレクション、パソコン教室経営などを経て、再起業に成功し、現在は年間100を超える依頼のある人気講師として活躍中。
【主な著書】
「小さな会社が低予算ですぐできる広告宣伝心理術」(日本能率協会)
「売れるキャッチコピーがスラスラ書ける本」(日本能率協会)
「予算ゼロでも効果がすぐ出る 売り上げが3倍上がる!販促のコツ48」(日本能率協会)
「どん底からの大逆転」(太陽出版)
「心理マーケティング100の法則」(日本能率協会)