幸福学研究の日本第一人者、前野隆司教授に聞く「幸せの4つの因子」とは?

「人々が喜ぶことの究極は、やはり幸せになること」工学系を専門としながらも、人間の根幹に目を向けたからこそ見えた幸福学の根幹となる「幸せの4つの因子」とは? 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科、前野隆司教授に幸福学に関して、とことん聞き取らせていただきます。

幸福学

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幸福学×経営学

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科で教員をしています。ここは大規模・複雑な課題を、学問分野を超えて解決するというコンセプトの大学院です。普通、学問は、政治学、工学、医学などに別れているじゃないですか。それだけでは解けない問題を、学問分野横断的に解いていこうという大学院ですね。それができたのが10年前でして、その中でも私が力を入れていることのひとつがイノベーション教育、ゼロから新しいものを作っていく創造性の教育です。ふたつめが、今日の話題である幸福学ですね。

そもそも学問分野を超えてものを解決する時に、「人々はそもそも幸福になるべきだ」という、根本的なところを考えるべきだと思うのです。それを考慮した、モノ作りとかサービス作りをすべきだと思って、あらゆる学問を束ねるものとして、幸せというものを考えるようになってから、10年経ちました。

- 元々、工学系でスタートされたんですよね。

そうですね、10年前にこの新しい大学院ができました。ここは文系、理系の壁を超えています。文理融合で、それから社会人学生も沢山いるので、非常に多様な人が沢山集まるんです。私は、ここに来る前は13年間、理工学部の機械工学科というところで、理系の教員をしていました。

その時はロボットの研究をしていたんです。ロボットも工学じゃないですか、要するに何か物理現象を明らかにするみたいな、物理学、理学の応用をして、ロボットとかカメラとか、そういう全体のものを作るのが工学。これに、哲学や心理学などの文系の学問も加えて、モノ作りだけじゃなくて、そもそも何のために何をやるのかという、広い分野に広がってきたんです。

人々が喜ぶことの究極は、幸せになること

例えば、ある開発したものを使うと世の中が便利になるとか、快適になるとか、人々が喜ぶとか、色んな価値を提供するのが、実はモノじゃないですか。モノだけじゃない、経営もそうですし、あらゆる人間の営みは、何らかの役に立つはずですよね。

前野隆司

ところが大学教育では、そこではなくて、何をやるかという事に力を入れがちでした。「シーズとニーズ」といいますけども、技術の種みたいなシーズに力が置かれすぎていて、ニーズ「何のためにやるのか」というところが、大学ではついつい置き去りにされがちでした。

世の中でも、何のためというと、お客さんを喜ばせて儲けるため、みたいになりがちですけど、お客さんが喜ぶことの究極は、やっぱり幸せになるためじゃないですか。だから色んな価値、便利とか役に立つとか、環境を破壊しないとか平和になるとか、色々考えていくと最後はやっぱり人々がみんな幸せになるということになりますよね。そこまで徹底的に考えようと思ったので、幸せの研究をしようと思ったのです。

- 著書『幸福学×経営学』の帯に、「企業経営で一番大切な事は儲ける事ですか? 働く人の幸せですか?」と書いてありますが…

その問いは、本当はネッツトヨタの横田元会長が言ったことなんですよ。「うちの会社は社員を幸せにすることが目的だ。儲けることではない。」と明言されていて、それが元になっています。

幸せの4つの因子

- 著書に書かれている「幸せの4つの因子。」これを見た時、マズローの5段階欲求が頭をよぎりました。それに近いような、凄いものを見ちゃったぞと感じました。

マズローの5段階欲求とも関係していますね。4つの因子の前提として、まず、幸せには「長続きしない幸せ」と、「長続きする幸せ」があります。長続きしない幸せは、金、モノ、地位など、他人と比べられる財を得たことによる幸せですね。

これは実はマズローでいうと、一番下にある生理的欲求のすぐ上にある、安全欲求ですね。まずは金とかモノとか地位とかいうものがないと、心配じゃないですか。あまりにもそれが足りないと、自分の身の安全が確保できないので、人間はまずそっちを求めます。

実は金、モノ、地位があまりにも足りない時は、それが増えると幸せになります。しかし、ある程度満たされた後は、こっちばっかり満たしていても幸せにはなりません。だからまさに安全欲求が満たされたにもかかわらず、さらに金持ちになって、さらに老後が安全になるっていうことばっかり目指していても何か空虚ですよね。

マズローの欲求の階層は、その後に、承認欲求とか、自己実現の欲求とか、どんどん上がっていきますが、それにはまず、一番下の生理的欲求、下から2番目の安全欲求を満たすのが基本です。上にある欲求の段階は、この幸せの4つの因子と非常に関係していくところですね。まさに幸せの4つの因子の1つ目が、自己実現と成長の因子なんですが、マズローが言ったところの最も最後に目指すものですね。

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マズローが言った自己実現というのは、非常に高度な意味です。60歳以上の数パーセントしかそこに到達していないという、非常に高い自己実現を意味します。一方、私が言っているのは、誰もが自分のやりたいことを目指したり、夢や趣味でもいいし、目標をもって何かを目指していることのほうが幸せだということです。つまり、マズローの欲求を拡大解釈して、自己実現の小さい版を「少し手前からやったほうが幸せになるよ」ということを、明らかにしたということですね。

前野隆司

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多様なものを認め合うのが大事

- 「幸せの4つの因子」に関する各因子について少しお伺いさせてもらってもいいですか?

今、第1因子の話をしました。第1因子は、夢や目標を持っていて、それを目指す、自己実現と成長の因子、わかりやすく言うと、「やってみよう因子」です。仕事でいうとやる気を持ってやっているかどうかですね。やらされ感とか、やりたくないみたいになると幸せ度が下がるじゃないですか。だからまず、自己実現のためにやる意志ですね。

2つ目が、「ありがとう因子」です。繋がりと感謝に基づく因子です。これはマズローでいうと、下から3段階目の所属と愛の欲求、4段階目の承認欲求と近いですね。どちらも人との関係性による欲求ですね。人間はやっぱり、人に承認されて、できれば尊敬されたり、愛されたりするということが幸せに寄与するので、2つ目は人間との関係性を良くするという因子です。

3つ目の、「なんとかなる因子」は、マズローの階層には出てこないですね。マズローが作ったのは、幸せの階層ではなくて、欲求の階層、人々は何をしたがるかという階層でしたから。「なんとかなると思おうよ」というのは、マズローの階層を上がっていくためのヒントみたいなものになると思います。

つまり、幸せになるためのヒントなんです。3つ目のなんとかなる因子というのは、前向きで楽観的な人は幸せで、後ろ向きで悲観的な人は不幸せであると。なんとかなると思えば、人に会いに行ったり、自己実現したりという高い欲求を目指せますよね。自分はダメだ、と思うと、高い欲求を指せないじゃないですか。ですから、マズローの欲求を高めたり、幸せの道を、階段を上っていったりする時の、大事なエッセンスのひとつが、なんとかなるという楽観性ですね

そして4つ目が、「ありのままに因子」と書きましたけど、人の目をあまり気にしすぎないことですね。あまり人の目ばかり気にしていると、初めの、金、モノ、地位ばかり目指してしまうんですね。お金、モノ、地位を少しは目指してもいいのですが、それは安全欲求なので、いつまでも目指してないで、自分らしく、ありのままに、自分らしい人生をきちんと描いていくことができた人の方が幸せなんですね。自分の強みや特徴がよくわからないと言っている人は、残念ながら幸せ度が低いです。そういう人は、そこを磨いていく必要があるということだと思います。

ただ、日本の画一化社会というか、偏差値社会、戦後の教育では、成績が良ければ偉い、いい大学行っていれば偉い、というように、人の強みを一つの軸で測りすぎていたと思うんです。だからありのままに自分らしく、あるいは自分の強みを見つけるという時に、成績のような一つの評価に偏りすぎていたと思います。

アメリカに行ってみるとわかるんですけど、どんな仕事をしている人も生き生き働いているんですよね。別に医者が偉いとか、経営者が偉いじゃなくて、ガソリンスタンドで働いている人も、「これは大事な仕事だぜ!」って自信を持っているわけですね。

前野隆司

そういう風に、やっぱりもっと多様なものを認め合って、画一的な評価軸じゃなくて、ホスピタリティがすごいとか、誠実さがすごいとか、あるいはガソリンの入れ方がかっこいいとか、いろんな強みがあっていいと思います。それをもっと認め合って、ありのままになる社会になっていくと、その4つの因子を皆が満たすということができていくのだと思います。

自分らしい生き方で尊敬されるのが理想的な社会

- 結構皆さん答えを求めすぎちゃって苦しくなっている。だから「答えは別に一つじゃないよ」という話をいろんな方がおっしゃっていますがどう思われますか?

まさにそう思います。私はイノベーション教育もやっていると言いましたけども、イノベーションの答えというのは、箱の中を調べつくすのではなくて、アウトオブザボックスシンキングといって、箱の外にある無限の可能性を追求する方にあるわけですよ。

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箱の中で答えを探そうとすると、「もう見つからない」みたいになりますけど、答えは実はものすごい宇宙大の空間の方にあるわけですよ。だから、幸せになるためにも、誰かの真似をするのではなくて、自分らしい生き方をすべきです。1億人の人がいたら、みんなが1億分の1。1億通りの生き方があって、それが皆尊敬されているという社会が一番理想的な社会ですよね。

イノベーションが起きる条件と幸せの条件は似ている

- イノベーションという言葉も出たのですが、先生から見たイノベーションというのはどういったものですか?

イノベーションは、in+nov+ation。、novというのはnewという意味なんですよね。要するに新しくすることですよね。イノベーションには、革新的な、全くゼロから、驚くべきものを作るイノベーションと、改良型のイノベーションがあると言われていますね。日本人が得意なのは改良型で、このテープレコーダーの音をもうちょっと良くするとか、スイッチを使いやすくするとか、細かいところを直す。これもイノベーションです。もちろん、こちらも非常に重要です。

日本人が苦手だと言われているのは、ゼロから全く新しいビジネスモデルを作るとか、新しい学問を作るとか、そういうゼロから作るイノベーションです。新しいものをゼロから作るというと新規事業とか、起業みたいなのだと思われがちですが、例えば、自分の仕事の仕方を改良するみたいなことも、ゼロからのイノベーションになり得ます。

改良というと、改良型のイノベーションのようですけれども、全く新しいやり方で、オフィスのレイアウトを斬新にするみたいな、そういうのだってゼロからのイノベーションです。八百屋の果物の陳列の仕方を、全く斬新にする、これもイノベーションじゃないですか。ですから利益100円くらいのものから、1兆円くらいのものまで、どれでも自分が工夫して何か新しいことをやっていればイノベーションだと思います。

もっと言うと、私生活、趣味だってそうですよね。ゴルフの新しい打ち方でもいいし、友達との新しい付き合い方でもいい。何でも工夫をすると、従来のやり方以外のところに、物凄い可能性があるということです。そこを見つけると、実はイノベーションも起きる。イノベーションが起きる条件と幸せの条件は似ているんですよ。さっき幸せの4つの因子って言いましたけど、あれ、実はイノベーションの条件にも似ているんです。

1つ目は自己実現ですよね。発明したら、ものすごい自己実現じゃないですか。それから今イノベーションは協力して皆で、多様な人が集まると良いアイディアが出ると言われているので、2つ目の繋がりが多様であるのはいいですよね。3つ目のなんとかなる、もまさにイノベーション。リスクを取ってやることですからね。みんなが、ダメかもしれない、やめとけよ、ダメだよ、と言うのに、そこで一歩出てやるわけですから。4つめは、ありのままに、自分らしく、ですから、これが今、日本人に欠けているところですよね。全く新しいことをやること。

以上のことに、ある時気づいたんです、あれ、幸せの研究とイノベーションの研究、別にやっていたつもりだったのに、実はいっしょじゃないか、と。しかも、アメリカの研究で、幸せな社員は不幸せな社員よりも創造性が3倍高いという、強烈な研究結果があるわけですよ。ということは幸せになっておくと、創造性が3倍、アイディアが3倍出てきて、まさにイノベーションを起こせるということじゃないですか。ですから実は幸せとイノベーションは物凄く関係している。イノベーティブな経営をしようと思うなら、まさに幸福学をやらなきゃいけないということですよ。

アイディアを否定しないブレインストーミング、そして、やってみる

- どうしても答えを求めてしまう、箱の中で答えを探そうとする人達はまだまだ多いと思いますが、そこから抜け出すためのヒントみたいなものはありますか?

まさに日本の教育の弊害ですね。与えられたものを解くマニュアル人間を徹底的に鍛えるじゃないですか、日本の従来の教育は。今度学習指導要領が変わって、もっと主体的で対話的な深い学びというのをやろうという風になっていますけど、そこで強調されるのはアクティブラーニングですよね。与えられたものを解くのではなくて、皆でグループになって答えのない問題をワイワイやっていこうというやり方が奨励されます。うちの大学でもイノベーション教育で最初にやるのはブレインストーミングですね。

ブレインストーミングというのは、とにかく皆でアイディアを出そうとするものです。どのアイディアも肯定しましょう。「そのアイディアしょぼいじゃないか」とか言うのは無し。全員肯定しあうんです。今までのマニュアル化の世界では、それは間違いだ、正しいことをやろう、というふうになるから、正しい答えを探し出しがちなのですが、いやいや、どれも正しいかもしれないのだと。だから皆が、くだらないアイディアを出してもそれを笑いあいながらも、それを全部認め合う。これがブレインストーミングのマインドですね。批判せずに、すべてを出し合う。こんなブレインストーミングのような教育をすることが大事です。ただこんなマインドになかなかなれない人はどうすればいいのかというと、やっぱり一人で考えないことだと思います。

今イノベーションのために大事なのは、協力して創造する「協創」だと言われます。アイディアが出ない人は、アイディアが出る人を連れてきて、ちょっと3人で考えようよ、とやるべきなんです。その代わり、あなたが困ったら後で僕が助けるから、みたいな。自分だけで考えて答えの出ない問題も、他人から見るとよく見えるんですよね。不幸な人ほど、部分しか見えないという研究もあります。お互いにそれを見あえば、箱の外の答えを探す方にいけるのではないかと思います。

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面白い事を言う人気者っているじゃないですか。そういう人こそ本当は仕事でも面白い事を出していくといいんじゃないかと思います。馬鹿げたような、くだらないような事を言えるような風土づくりというのが大事なんじゃないかと思います。実際、アメリカのイノベーション、Uber(ウーバー)というのは、「使っていない車があるからタクシーにしようぜ」だけじゃないですか。Airbnb(エアビーアンドビー)だって、「部屋が余っているから貸そうぜ」です。これ誰でも思いつくじゃないですか、実は。

日本人だって絶対思いつきます。スマホだって、「パソコンと電話をくっつけようぜ」だけですから、できてみるとどうってことないですよ。皆、一見馬鹿馬鹿しそうだけど本質的なことですよね。やってみればいいんですよ、全てはそうだと思いますよ。

日本一、幸せな会社

- 著書『幸福学×経済学』の中で、いくつかの企業の事例があがっていますが、この事例は先生がお調べになったのですか?

そうですね、実は著者が3人いるのですが、著者3人は、ホワイト企業大賞といって、幸せな企業に賞を差し上げるという団体を一緒にやっているので、そこで色んな受賞をした企業を掲載しました。我々が訪問したり、インタビューしたり、受賞講演を聞いたりしているので。この本に載っている会社以外にも、いい会社はたくさんあります。私が直接訪問した会社もあるし、ほかの人が詳しい会社もあります。

前野隆司

- 日本で一番大切にしたい会社大賞とか

それは坂本先生の主宰されている学会の賞ですね。ここで表彰された会社も素晴らしいですし、ホワイト企業大賞の会社も素晴らしいです。見に行くといいですよ。私、先々週、ここには載ってないですけど、伊那食品さんに伺いました。「かんてんぱぱ」を作っている会社で、幸せな会社というとナンバーワンに出てくる会社の一つですけれども、凄かったですね。仕事を始める前に、30分くらいかな、皆で大きな公園を掃除するんですよ。

それが、役割分担とか、何のルールも決まってないんですよね。だから皆で工夫して、あそこが散らかっていると思ったらあっちを掃除しよう、みたいなことを自主的に考えて動くんですよ。別に時間外手当はもらってないんですよね。「給料もらわないでそんな仕事させて、嫌がる人いないんですか?」みたいな意地悪な質問すると、会長も社長も平社員の人も皆、「え? いやいませんね~」って、驚くような顔をするんです。

皆、完全に綺麗な心です。びっくりすることに、表彰制度もないんですよね。売上の多い社員を表彰するなんてことはしないそうなんですよ。そうすると出来の悪い社員も給料上がっていくわけですよ。そうしたら不公平感があって嫌な人いないんですかって質問したら、やっぱり皆「え? いやぁそんな人いませんね~」。

会長に言われたのは「前野さんわかりますか、例えば家族がいて、お姉さんのほうが出来が良かったとしましょう。お姉さんの方にはお小遣いを多く、出来の悪い弟にはお小遣いを少なくしますか?」って言われて、「いやしません」。「なんで家族ではやらないことを会社ではやるんですか? 僕にとっては、500人の社員は皆、家族のような大事な人たちです。出来がいい人の給料は上げて、出来が悪い人の給料を上げなかったら、出来の悪い人は悲しいでしょう。皆家族なんだから、皆毎年昇給するっていうことなんですよ。」と言って、500人家族が完全にできているんです。

60年間ほぼ増収増益だそうです。塚越会長がすごいのだろうと思って見学に行ったら、違いました。全員がすごいんですよ。経営陣は売上目標や数値目標も作らないそうです。お前ら「なんとかやれ」と命令されると、やってみようと思わないですよね。やらされ感になるじゃないですか。だから売上目標は絶対に上から押し付けない。だけど本人達が勝手に作って、こういう目標でいこう、っていってやって、結局達成しているんですよ。それに対して上から評価はしない。全員を完全に信じ切っているわけなんです。信じられたら、ちゃんとやろうと思いますよね。

科学が発展してきて、幸せの条件がわかってきている

- 時代が今まさにこの幸福っていうのを求め始めているなと物凄く強く感じますね。

そうですね、人類は昔から幸せを求めていたんだと思います。ただし、昔は宗教が受け皿でした。キリスト教は愛の宗教ですし、仏教は慈悲の宗教ですから。愛されて人生を幸せに過ごすために宗教っていうのはあったんですが、さすがに科学が発展してきて宗教は信じられないという人も増えています。日本は、明治維新の時の神仏分離、戦後の国家神道の終了など、徐々に宗教の影響が小さくなる道を歩んで来ました。それから、オウム事件があったりして、宗教嫌いもありますね。

宗教嫌いじゃなくても、例えばヨーロッパのカトリックでも教会に行く人が徐々に減っています。宗教を信じることによって幸せになることが少しずつ難しい時代になってきた。一方で、心理学とか脳科学とか認知科学が進歩して、どういう心の状態になれば幸せかというのが、科学のほうでわかるようになってきたんですよね。だから宗教がやっていたことの一部を、科学が代替する時代がやってきた。確実にそういう流れがありますね。

実際この幸福学、英語ではwell-being studyとか、happiness studyというのですけど、論文数が1980年代くらいにはほぼゼロだったのが、グーっと増えて、いまや毎年1000くらいの論文が出されているんですね。毎年1000個の新しい知見が増え続けているわけですよね。だから幸せな社員は創造性が高いとか、生産性が高いとか、欠勤しないとか、あるいは幸せだと長寿だとか、利他的だと幸せとか、色んな幸せの条件がわかってきているんですよ。面白い時代になりましたね。

経済的には豊かな今こそ、心の幸せを求める時代がきている

- お金に対する価値観もどんどん変わってきているな、と思いますね。

そうですよね。もちろん戦後の、僕が生まれるちょっと前は焼け野原ですからね、まずは安全欲求、日本がちゃんとした産業を起こして、GDPを増やすということがもちろん最も大事だったと思うんですが、GDPは世界2位にすぐなったんですよね。1960年代くらいにすぐになっている。戦後の日本人は、ものすごいイノベーティブに頑張ったんですよね。

そこでもう次の段階、自己実現のほうに行くべきだったのに、いつまでも安全欲求を目指した。バブルの頃に、高次の欲求の方に行ってれば、高度な幸せに軟着陸していたと思うんですけど、それがひずんでしまった。だからこそ、今、高度な幸せを求める必要があるんです。今、社会には閉塞感があるといわれていますけど、実は、高度成長の時よりも豊かですからね。成長はゆっくりとはいえ、一人当たりの豊かさは、従来以上に満たされています。

ただ、格差が拡大して、国内の貧困児童が増えていますからね。そういう問題を解決して、やっぱり全体の幸せの向上を目指すべきですね。マズローでいうと高次の欲求、幸福学でいうと「幸せの4つの因子」を目指すようにしなければいけない時代がきてしまったということだと思います。

実は日本は豊かで幸せな国。より幸せにもなっていける

- 今後の取り組みや展望をお伺いさせてください。

ある人が、人生の前半は目標を定めてやりなさい、後半は出会いのあった仕事をやりなさい、と言っていたんです。そんな心境ですね。前半は幸福学を作るんだ、とやっていたんですけど、最近は例えば企業経営者とか、あるいは児童養護施設の人とか、介護施設の人とか、様々な方との出会いに基づいて研究をしています。幸福学×経営学とか、あるいは幸福学×モノ作りとか、あるいは幸福学×教育とか、色んなことを始めています。

色んなことを「幸福学×〇〇」にして、世界中の人が全員、幸せな社会を作ることを目指しています。大それていると言われるかもしれませんが、そこにいかに少しでも近づくかということをやり続けたいと思います。

幸い、幸福学というのは見えてきたので、あとは経営学の第一人者とか、教育学の第一人者とか、皆と繋がってやれば、広がっていくと思います。ですから夢は、幸せが教育にも産業にも入っている世界を実現することです。教育の中にも幸福学が入っていて、もちろん子育てするお母さんも皆知っている。社長さんも皆知っていて、皆で幸せになろうよ、ということを、営利活動と一緒に両輪としてまわしていく社会。それが日本で実現できたなら、「日本は幸せな国だね」って言われるようになりますよね。

日本は、今、先進国中、幸福度最下位なんて言われていますからね。これは実は謙虚さもあるんですよ。アンケートに低めに答えるんですね、日本人というのは。ですから先進国中、最も謙虚な国民であるという意味も含んでいるんですよ、この調査は。本当にそうだと思います。だって幸せには安全と健康が非常に効くんですけど、こんな安全、安心な国ないですよ。健康も、世界でトップレベルに長寿なわけですから。実は幸せなんです。だから本当にポジティブに前向きに、ちょっと見方を変えると、こんな豊かで幸せな国はないはずなんです。だから力を合わせて、「より幸せになろう」ってやっていけば、本当に幸せな社会はすぐに実現できると僕は思います。

前野隆司

【略歴】
前野隆司(まえのたかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。博士(工学)。

1962年、山口県生まれ。東京工業大学卒。同大学大学院修士課程修了。キヤノン株式会社入社。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授など歴任。現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。博士(工学)。ロボットや脳科学の研究を経て、「人間にかかわるシステムならばすべて対象」「人類にとって必要なものを創造的にデザインする」という方針のもと、理工学から心理学、社会学、哲学まで、分野を横断して研究。幸福学の日本での第一人者として、個人や企業、地域と各フェーズで活動。著書には、『幸福学×経営学』(内外出版)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)、『実践 ポジティブ心理学』(PHP新書) 、『脳はなぜ「心」を作ったのか 「私」の謎を解く受動意識仮説』(ちくま文庫)ほか多数。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科
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