トレーニングはつらく苦しいものだと思っていませんか? それに見合う効果にも疑問を持っていませんか? そんなに頑張らなくてもトレーニングはできるんです。体の弱い人だって、高齢者だって大丈夫。元格闘家で、現在はトレーナーの育成やセミナーで活躍中のパーソナルトレーナーの鈴木亮司(すずきりょうじ)さんが独自に考案した「体芯力」とはどういうものなのか、とことん聞き取りました。
がんばらない筋トレ「体芯力」
私はマン・ツー・マンでトレーニングを教えるパーソナルトレーナーを中心に活動をしていて、自宅に出張したり、スポーツクラブで教えたりとか、あとはトレーナーを養成する講座の開催とか、体芯力のセミナーをやっています。
― 「体芯力」ということについて本を3冊出されていて、商標登録もされているそうですが、その体芯力とはどういうものですか?
体芯力は通称「がんばらない筋トレ」と言われています。世間の運動法はどうしても頑張るっていう形になっちゃいます。頑張るトレーニングって、どちらかというと外側の筋肉なんですね。でも、本当に人の体にとって大事なものは内側なんです。いわゆるインナーマッスルです。そのインナーマッスルが本当に大事だなって気づいて、無駄な力を抜いて体の芯から力を出すことが人としての正しい鍛え方だと思いました。
概念的なものですよね、体の芯から力を出すって。そうすると体が快適になったり、疲れにくくなったり、痛みがとれたり、ダイエットもそうですけど、人としての機能がうまく働きます。これをやっていけば、本来の人としての機能を取り戻せるということで、これに名前をつけてみようって思いました。僕の師匠が常々「体の芯から力を…」って言ってたので、それで「体芯力」と名付けたんです。
体芯力に気づいたきっかけ
中学までは野球部だったんですが、運動神経が悪くて、ずっと補欠でした。体育の成績も2とか3でしたね。そもそも運動はあまり好きじゃなかったし、体はガリガリでいじめられっ子みたいな子どもで、アダ名は「肋骨」でした。実は小さいころから漫画家になりたかったんですけど、中3のころ、本気で描いたものを他の人と比較したときに、自分の才能の限界が見えて、漫画家はムリだとあきらめがつきました。それで、ちょうどそのときに、千代の富士、貴乃花のドキュメントを見たんです。体力、気力の限界に挑む姿に感動しました。
そこから、トレーニングをやって、体を大きくしたいと思うように。格闘技を見て、自分も格闘家になりたいって思ったんです。でも、おまえみたいな根性なしがなれるはずがないって、みんなからそう言われましたね。それで親を説得するためにも、体をつくろうと、高校では陸上部に入りました。それまで野球をやっていたのでやり投げをやらされましたが、どういうわけかやり投げがハマッて、インターハイに行けちゃったのです。全国ランキングもトップ10に入りました。
そのときは、なぜ突然こんなに運動神経がよくなったのかわかりませんでした。それで、これを追究するために、高校を卒業してから格闘技を始めました。トレーナーの専門学校に入りました。そこでは当然、筋肉トレーニングをやりますよね。ところが、それをやり始めたら運動能力がぐっと下がっちゃって。その後専門の会社に入って3年間勉強したんですけど、それでも下がっていって、ケガも増えたのです。科学的なトレーニングだと思ってたのに、筋肉はついても、また運動神経の悪い自分に戻っちゃった。
インナーマッスルで競技能力が伸びた
それで、「おかしい、おかしい」って思い悩んでいたら、あるときに、途中で力を抜けばいいってことに、ふと気がついたのです。力を入れて、力んで、そして力を抜く。最初からうまくはできなかったですが、やがて感覚的にうまくできるようになりました。この力を抜くっていうのは何だろうって調べたり、分析したんですけどダメでした。
古武術に似たものがあったんですけど、科学的なデータじゃなくて、わかりにくい。ちゃんと科学的なアプローチをしてる人はいないのかと探してたら、東大の名誉教授がインナーマッスルの研究をしていました。その人はカール・ルイスの走り方を分析して、その速さの理由をデータで出していたのですね。脚の振り方を4段階に分けて、そのスイング速度を計測して、スイングとタイムの相関を数値化していて。
その教授は自分でも合気道を40年やってるそうで、体の芯から力を出すのはインナーマッスルなんだと言いました。なるほどと思って、実際にやってみたら競技能力がぐんと伸びたんです。それ以来、その先生は僕の師匠ですね。
力を抜く
そのころ格闘家といっても、それで食べていけないので、スポーツクラブで働いてましたが、お客さんに筋トレさせても自分が思ったような効果がみられませんでした。そこで、僕が今やってる体芯力のさわりのような簡単なものをやってもらったら、みんながどんどん動けるようになったのです。それに苦しくなくてラクでいいと言うんです。日本古来の武道はいろんな流派がたくさんありますが、体を大きくして相手を倒すっていう流派は皆無でした。
本当に必要なのは力を抜くことなんですね。今、日本で行われている筋トレはボディビル理論が基本になっています。力を出そうとしたら力んでもダメ。
今の日本は海外からのものを何でもかんでも取り込もうとするから、本質からずれていってしまっています。
力を抜くって、実は高校生のときにも言っていました。でも、専門学校で理論を学習したせいで、アタマでっかちになったんですね。○○筋がどうのこうのって言ってたら、力を抜くことを忘れてしまって。それを思い出すきっかけは、1998年頃に格闘技で眼窩底骨折をやったことです。手術して、チタンプレート入れて。それは今も入ってますけど、失明の危機でした。手術は成功して、ふつうに見えるんですけど、先生からはプレートが安定するまで跳んだりはねたり、ウエートトレーニングのような力むことはしないよう言い渡されました。力むと血圧や眼圧が上がるのだそうです。
健康なときには気がつかなかったんですが、力んじゃいけないって、けっこうキツイ。血圧を上げられない高齢者だってそうです。だから力を抜くトレーニングをするんです。スポーツは力んだらダメ。力を抜くトレーニングをしないと上達しません。トレーニングって、言ってみればクセづけですから、力んだ練習をしてたら、力むクセがつく。
そのことを考えずに重りが何キロ何回上がるから体力が向上したとか思っていても実際に動けるようにはなりません。動けるようになるどころか力むクセがついてしまうので、怪我をしやすくなります。子供が怪我をしにくいのは力まないから。だから転んでも骨折しない。大人は力んでるから全力で走って転んだら大変なことになりますよね(笑)
「体芯力」は格闘家にも必要
高校卒業して、東京の専門学校に入ると同時に格闘技を始めました。格闘家になるために出てきたので。トレーナーになろうなんて、そんな職業は当時なかったし、まるで思ってもいませんでしたね。「おれは格闘技で食っていくんだ」としか考えていませんでした。総合格闘技は当時は地味って言われてたけど、あっという間に盛り上がって、東京ドームや国立競技場で行われてテレビでも放送されるようになりましたよね。
― 格闘技って何歳くらいから始めるものなんですか?
僕なんかは18歳から始めたから遅いです。当時は総合格闘技をやる人もいなかったし、場所もなかったので。本来だったら、サッカーと同じように何かしらの格闘技を5歳とか小学生から始めたほうがいいと思います。今の子たちは昔と違って、その環境があるから、十代でものすごい選手がたくさん出てきています。僕らがつくった礎があるし、僕と同じ世代の選手だった人たちが引退して自分の道場をつくって、格闘技のジムや道場が全国にできましたよね。
そしてその選手だった人たちを見ていたファンの人たちが自分の子どもたちにやらせますからね。
― K-1や総合格闘技をやってるときも、体芯力のトレーニングを主にしてたんですか?
そうです。筋肉はついてるのに、なかなか強くなれない、思うように体が動かない状態で、どことなく違和感を感じてたときに、硬い体をほぐしてたら思い通りに体が動くように。技の習得も早くなりました。
筋トレは逆効果?
筋トレをすると体が硬くなっちゃうんです。だから、筋トレは最小限にして、体を使う練習ばかりしてました。あと、他人の技や動きを見抜くポイントがあるのです。みなさんは外的な手先の動きばかりに目が行きますけど、相手の胸や腰、骨盤といった体幹を見抜けるかどうか。体の1番深いところに大腰筋っていう筋肉があるのですが、こういうことを武道の世界でも言ってる人はいても、科学的な裏付けがないから証明できない。
理屈はわかってもデータがない。そこで、あれこれ調べたら、さっきの東大の師匠が実際に大腰筋をMRIで撮っていたのです。高齢者でもトレーニングで太くなるかの実験をして、その結果、3か月で10%くらい太くなったんです。そしてどういう運動をしたからこの結果が出た、というきちんとした明瞭なデータが出ました。このデータがあれば、指導者は明確な指導ができますよね。
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学んだことに疑問を持つ
でも、そう指導しても結果の出ない人はいて、そこで疑問を持たず、その人のやり方のせいにする指導者もいます。トレーナーは3段階に分かれると思っています。勉強不足できちんと指導できないのは問題外だとして、次は勉強した学んだやり方にこだわる人。そして、その上の人は、勉強して学んだことに対して少し疑問を持ちます。そして自分で調べる。
実は多くの運動指導者に言えることなんですけど、みんな片足で立つ方法を知りません。高齢者の足が遅くなってきた理由が説明できないのです。速く歩く、速く走る方法も知りません。答えられた指導者は多くありません。もちろん、一部の指導者の方たちは知ってるはずですけど、多くの指導者たちは知らないです。片足立ちができなくなって、歩くのも遅くなったので、どうしたらいいでしょうって高齢者から質問があった場合、どう答えますかって聞くと、静まり返っちゃう。そんなことで運動の指導ができるのかと思いますね。
「体芯力」本
― 「100歳まで歩ける『体芯力』体操」という本が1冊目ですね。
僕はウォーキングに関してはすごいこだわりがあるので、ウォーキングのページは他よりも多く割いていただききました。みんな膝に負担がかかるような誤った指導をしてるので。見た目ばかりで、きちんと論理的な説明ができてないのです。ウォーキングの本ですら、大股で腕振って、胸を張って歩きましょう、そうしか書いていない。そんな歩き方はダメです。データでそれはきちんと説明できるのです。
― 体芯力、インナーマッスルを鍛える。でも、鈴木さん自身も筋肉はしっかりついているじゃないですか。それはどうやってつけてるんですか?
本当に体芯力だけです。僕は格闘技を引退して8年くらいたちます。昔はもっと大きかったんですかって言われるんですけど、体重とか体脂肪率は全部同じです。運動量は何十分の一ですけど、体重、体脂肪率、筋肉量は全部、現役時のままキープしてます。
― 2冊目が「腰ひざ痛みとり『体芯力』体操」、3冊目は「体のたるみを引きしめる!『体芯力』体操」ということで、2冊目はちょっと毛色が違うものなんですか?
そうですね。言うなれば、1冊目は背骨の体操、こっちは股関節中心の体操。腰とか膝の痛みの場合は股関節とか背骨を中心に原因があるので。痛みのある場所に原因はないですから。
― 3冊目はどういったものでしょう。これはダイエットですか?
最初は「体芯力ダイエット」というタイトルだったのですが、そもそもダイエットって食事制限というような意味で、「やせる」ことじゃないから、本の主旨とは違います。だからタイトルを変えて欲しいと言ったら編集長が理解してくれてタイトルが変わりました。
― 読みながら少しやってみましたが、体の芯が熱くなってきますよね。これを教わりたい場合には、どうすればいいのですか?
息が切れないで熱くなるじゃないですか。これがインナーの働きのサインなんですよ。よく指導者が「インナーマッスルを意識して!」という指導をしている姿を見ますが、インナーマッスルは不随意筋なので意識できません(笑)適切な動きをした時に自然に働くものです。
ふつう汗かこうとすると、ちょっと息切れするとか、息がはずむとか言うんですけど、インナーマッスルの場合は、基本的に息切れせずに体が熱くなるっていうのが、正常に働いてるサインなんですよ。マン・ツー・マンと、グループやセミナーとかがあるので、HPから相談してください。
[adchord]「体芯力」を学校教育に
― 最後に今後の予定、抱負をお聞かせください。
体芯力は理論ではありません。概念のはずなので、これをゆくゆくは学校教育としてやりたいと思っています。学校の先生が運動のことを何も知らないので、教育の標準に組み込んでほしいと思います。あと、指導者に本当にケガが多い。体芯力が何なのかを広く知ってもらい、きちんとした体をつくってもらいたいですね。
― 指導者にケガが多いのは、パワートレーニングが主だからですか?
力むクセがつき過ぎているのと、体の動かし方に偏りがありすぎるから全体のバランスが悪くなるのです。体芯力はある意味、コンディショニングで、体調を戻すトレーニングでもあります。マイナスの状態からゼロに戻せるので、体調の悪い人でもできます。標準的な位置づけというか、お守りみたいな気持ちでやってもらえたらいいですね。最終的には、体芯力という言葉が今みたいに特別な言葉じゃなくて、説明しなくてもいい言葉になってほしいですね。
― ちゃんとした裏付けがあって、その中から生まれてきた背景もあって、実際にお年寄りなんかもどんどん良くなっているわけですから、広まってほしいですよね。
今までトレーニング理論は、指導者の技術に頼りすぎていたんですよ。でも、体芯力はエビデンスがあるので、だれが教えてもそこそこ効果は出せます。そういう再現性の高い理論は本物だと思うんです。運動指導は基本的に指導者によってムラが出すぎる。しかも明確な根拠がないことが多い。指導によっては、子どもたちが運動にイヤ気がさしてしまう。子どもたちが自信を持てるような指導をしてほしいですね。
【略歴】
鈴木亮司(すずきりょうじ)
1977年、千葉県館山市生まれ。がんばらないトレーニング「体芯力」のパーソナルトレーナー。日本体芯力協会会長。認知動作型トレーニング指導者など。
トレーナーの専門学校入学と同時に格闘技を始め、K-1や総合格闘技で活躍。2010年、選手を引退し、トレーナーに専念。自身の体験や東洋医学、古武術などからヒントを得て、「体芯力」トレーニングを考案した。
著書に「100歳まで歩ける!『体芯力』体操」(青春出版社)「腰・ひざ 痛みとり『体芯力』体操」(青春出版社)「体のたるみを引きしめる!『体芯力』体操」(青春出版社)がある。