異業種と交わることで世界が広がる。社会人の学びの環境

異業種と交わることで世界が広がる。社会人の学びの環境

東京大学工学部を卒業し、NTTの研究所で社会人生活を始めた宮永博史(みやながひろし)教授。その後、外資系企業やコンサルティング業界で活躍し、自らの環境を変えてみて初めて気づいたマーケティングとイノベーションの重要性。その経験を生かして、現在は社会人が集う専門職大学院で教鞭をとっています。その宮永先生に、社会人の学びとは何か、そこで得るものについて、とことん聞き取らせていただきます。

ダントツ企業

悩める社会人をとことん導く

東京理科大学大学院のビジネススクールで「技術経営」を教えています。「技術経営」とは、一言で言うと「技術者のためのマネジメント教育」と言えます。が、今の世の中、技術と無縁であることはほとんどないので、技術者以外の社会人も学びに来ています。ひと学年80人の定員に、企業の中堅として活躍されている社会人(平均年齢40代前半)が、平日の夜(18時40分~21時50分)と土曜(朝8時50分~19時20分)に通ってきています。働きながら課題をこなすというハードな2年間を過ごすところです。

多くの企業が転換期を迎えています。技術も大きく変わりつつあります。たとえば、自動車業界でいえば、内燃機関から電気自動車へと変わろうとしています。(もちろん、変わらないかもしれません)。そうすると、エンジン開発に関わっていた技術者たちは、とても不安に陥ります。技術者たちだけでなく、経営者も、大きな変化の中で、技術者というリソースをどのように生かすか真剣に考えざるを得ません。40代というのは、まさに自分自身にとっても、会社にとっても重要な年齢なのです。

企業内でも社員研修は行われます。新入社員教育はもちろん、新しい役員に対する研修なども実施されます。ところが、中堅である40代の人たちへの教育は抜けがちです。中堅な人たちゆえに研修に時間を割けないといった理由から、わざわざ時間を作って参加しても、それだけの価値がないと敬遠されたりしがちです。

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そういう社会人や企業ニーズに応えるべく現在の社会人教育を開始してから、今年で15年目に入ります。ここでの教育は企業内研修の代替ではありません。むしろ、企業内研修では実現できない価値を提供しています。様々な業界の社会人学生が集まることによって視野が広まり、イノベーションの素地を生むのです。

自分の世界が大きく広がる

学生たちは異なる業界から来ているので、最初は言葉も常識も通じません。異なる業界どころか、同じ業界でも会社が違うと課題も変わります。たとえば、ある製薬メーカーの方は、「製薬業界において、なぜ産学連携は成功しないのか」という問題意識を抱えて入学してきました。ところが、ここで出会った製薬業界の方から、「我が社の成果は産学連携ばかりです」と言われてびっくりするわけです。いかに自分が今までいた世界が狭かったかに気づくのです。

ところで技術経営専攻を「技術者のためのマネジメント教育」と説明すると、文系の方は「技術のことはわからないので」と入学を躊躇したりします。そこで我々は、全く心配する必要はないですよと伝えるのです。なぜなら、技術者が全ての技術分野に通じているわけではなく、想像以上に狭い専門分野に閉じこもっているからです。したがって、技術者の説明がわかられなければ、それは聞き手ではなく説明しているあなたの伝え方が悪いと言っていいのですよ、それが技術者にとっても大事な教育なのですよと伝えてあげるのです。

宮永博史

文系も理系も関係なく門戸は開かれている

いま、ほとんどの企業で新規事業を興すことが重要な経営課題となっています。まさに企業が転換期にあることを示唆しています。その際、重要なことは、まず問題は何かを発見することです。間違った問題を効率よく解決しようとすると、会社を潰しかねません。そうではなくて、何が問題なのか、そこを発見することが、中堅である40代に求められているのです。正しい問題を発見したら問題の半分は解決したようなものなのです。

私が担当している講義のひとつに「コンセプト創造論」があります。ここでは、新しい製品、新しいサービス、新しいビジネスモデル、新しいプラットフォーム、新しい経営の仕組みなどを創造するための方法論を実際のケースをもとに議論します。そこでも、問題発見の重要性が強調されるのです。学生たちは、事前にケースを読み、教科書を読み、A4用紙で3枚のレポートを事前に提出します。私はそれを全て読み、10点満点で採点し、コメントを書いて教室で返却します。そのうえで、クラスで議論していくのです。

ー 著書『ダントツ企業―「超高収益」を生む、7つの物語』を読ませて頂き、難しい事例も読みやすく伝えてくれているなと感じました。ふつうだと気付かないような視点からの話もありましたよね。

この本のメッセージとしては、必ずしもよく知られていない立派な企業が世の中には沢山あって、その背景を知るだけでも生きていることが楽しくなるのではないか(笑)というものでした。そうした事例から勇気をもらい、自分でも何か新しいものをつくって、世の中をより良くしたいという原動力にしていただければと思ったのです。先ほど、講義でケースを扱う話をしましたが、いずれも講義の中で実際にケースとして議論したものばかりです。

ー 教授の部屋に本が沢山ありますけど、ものすごい量をインプットされているんですか?

昔から色々な分野に興味を持っていましたが、大学院で教えるようになって、それに拍車がかかりました。先ほどご紹介したように、ここには様々な業界から社会人が集まります。私はもともと、半導体・通信・IT・ハイテクといった分野におりましたが、ここでは、製薬会社に勤めている人もいれば、不動産業の人もいます。となればこちらも真剣に学ばなければなりません。それも、本を読んだだけの表面的な知識だけじゃなく、クラスでの議論からも学ぶのです。

マーケティングは経営そのもの

- 元々工学部から経営の方に舵をきったきっかけはなんですか?

いくつかのきっかけがあるのですが、いずれにも共通するのは環境変化です。研究所時代に米国の大学院に留学したこと。外資系企業でプロダクト・マーケティングに関わったこと。コンサルティング業界に移って、プロフェッショナル・サービスの何たるかを体験したこと。

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コンサルティングも、技術主導的なファームから会計系ファームに移ったこと。自ら取締役という立場に身を置いたこと。こうした環境変化が自分を変えてきたように思います。その変化は舵を切ったというより、それまでの経験知の上に新しい経験知を積み上げていったというほうが正しいかもしれません。

NTTの研究所時代は、世界のトップデータを出すことが一番の目標でした。トップデータを出せば論文にもなるし、勝負に勝つことは明らかです。ところが、マーケティングの世界に入ると、トップデータだけでは勝てないのだという(当たり前の)ことに気づきました。過去からの継続性、納期、価格、サポート体制なども重要でした。

私がマーケティングの世界に移った頃には、まだ国内で「技術経営」を教える大学院はなかったので、OJTで学ぶしかありませんでした。しかし、幸運なことに、米国本社に優秀なマーケティング・マネージャーたちがいて、一緒に仕事をしながら、身につけることができたのです。

彼らと一緒に仕事をしながら、技術を生かすも殺すもマーケティング次第だとマーケティングに対する考えた方が自分の中で変わったのです。マーケティングというのは単にプロモーションのことではないのだと。

宮永博史

環境を変える大切さ

その後、コンサルティング業界に入り、ホワイトカラーの生産性というものをいやと言うほど意識させられました。それと同時に、技術やマーケティングの世界から、より経営の世界に入っていったのです。コンサルティングの中身もそうですが、自分自身、コンサルティング会社の経営に関与する立場に身を置くようになっていました。
そうした積み重ねがあったところに縁があって、専門職大学院で「技術経営」を教えるようになったのです。具体的には、先ほど申し上げた「コンセプト創造論」「開発・プロトタイプ論」「新事業開発論」「ビジネスモデルイノベーション」などの科目を担当しています。

ー 外の世界を見るというのはものすごく大事ですよね

大事ですね。ずっとそこにいると気がつかないです。環境を変えないと。

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学びのきっかけと環境をつくる

ー 学びは大人になってから、より重要だと感じるのですが、学ぼうと思っても、日々の生活に追われて中々学びきれない人たちに、何かきっかけを作りだせるようなアドバイスはありますか?

一言でいえば、ここに学びに来て下さいとなります(笑)。ここは「真摯に学ぶ社会人たちの溜まり場」です。そうした人たちから刺激を受けるので学びが継続します。また、それなりの授業料を支払うわけですから一生懸命学びます。家族がある人は、家族を説得して学びに来ているのですから真剣です。

強制的に課題を与えられるというのも学びを継続するコツです。私の授業はちょっとハードですけど、ケースと教科書を読み、A4で3枚のレポートを毎週事前に提出してもらいます。

ー 事前に送ってもらうというところがさらにポイントですね(笑)

レポートを書くというアウトプットを課されるとケースを真剣に読まざるを得ません。また、クラスで配布する他人のレポートからも学ぶことができます。やはり、そういう場がないと、人間流されますから学ばないと思います。

入学するかどうか悩む人も当然います。ある時、30歳を目前にした人が、もう少し経験を積んでから来たいと言うので、「思い立ったが吉日という言葉がある。いま来なかったら多分一生来られない」とアドバイスしたことがあります。

これまでの経験から、会社の状況が変わってしまって、来られなくなった人が何人もいました。だから「迷っているならとりあえず入れ」と言ったんですよ。ダメだと思ったら、辞めればいいと。ある意味乱暴な説得なんですけどね。

嬉しかったのは、2年後、卒業する時の意見交換会でのことです。彼が手を挙げて、こう言ってくれたのです。「入試相談会で宮永先生に、とりあえず入ってみろと言われました(会場、大爆笑)。でも入って本当に良かったです」と。

宮永博史

得られるのは仲間という何よりの財産

ー 迷うということは、行きたい気持ちがあるのですから、やっぱり行った方がいいと思います。

そういう気持ちが芽生えた時に背中を押してあげることが大切です。入学すると、周りがやる気のある人たちばかりで、しかも上司のような人たちです。そうした人たりからも学ぶのです。若いだけに大きく成長します。講義ではレポートだけでなくグループ発表もします。協力体制が生まれ、学生同士の絆が出来てきます。神楽坂という場もその後押しをします(笑)。2年間でできた仲間という人材ネットワークというのは貴重な財産になります。

ー 卒業される時は学生の皆さんはどのような変化をされるのですか?

視野が広がり、本質的なことを見極められるようになります。他業界の人がいますから、自分にしか伝わらない専門用語では会話が通じません。通じるためには上位レイヤーにいかなければなりません。それが物事の本質を見極めることにつながります。

相手はどういう人か、この人に伝えるにはどのように翻訳したらいいだろうか。自分が今まで考えていなかったような事を考え、切磋琢磨することで鍛えられるのです。初対面の人と議論することも厭わなくなります。また、仕事をしていると、本人のせいではなくうまくいかないこともあります。そういうときに、めげずに、客観的に自分自身を見られるようになるという事も良い変化の一つです。

宮永博史

自分が辛い状況にあることは、将来、上のポジションになった時に人を思いやる気持ちとして役に立ちます。そのための今は学びなんだと思う余裕が生まれてきます。うまくいったのは前任者の種を自分が刈り取っただけかもしれません。あるいは景気が良かっただけかもしれません。そのように謙虚になることもできます。

こうしたことを、卒業してから実践するのではなく、学びながら会社で実践していくことができるところがミソです。その行ったり来たりがあって学びの効果があがるのです。

コミュニケーション能力を磨く2年間

ー コミュニケーション能力は格段に上がるんですか?

あがります。講義やゼミの場での発表や議論を毎週行っていくわけですから、上がらないわけがありません。業界や年代の違う人たちとの2年間は、まさにコミュニケーション力を磨く2年間でもあります。

ここに来ている2年間はすごく濃い2年間を過ごすんですね。卒業してからも、(同じテンションとは言いませんが)、学びを継続できるとよいと思います。そのために、科目等履修制度というのがあって、卒業生は履修したい科目だけを学ぶことができます。あるいは、ゼミや同窓会の場などで、縦のつながりを作る場を設けたりしています。

卒業した人がこの14年間で800~900人ほどいるわけです。会社のなかでも、社長など高いポジションについている人もいます。同期とその前後だけでなく、少し遠い世代とも繋がりを作って継続的に学ぶなど、このネットワークをいい意味で生かせないかと思っています。

小さなことですが、SNS上で「ビジネスモデル千夜一夜」というタイトルで、頻繁に事例を紹介しています。すると、そこに反応してくれる卒業生たちがいて、ネットワークがまた生まれてきているように思います。あるいは、今回出版した書籍を読んで連絡をくれる人もいます。これからも、こうした発信を通して、ネットワーク作りに貢献できればと思っています。

宮永博史

【略歴】
宮永博史(みやながひろし)
東京理科大学専門職大学院 総合科学技術経営研究科総合科学技術経営専攻教授。

東京大学工学部卒業。マサチューセッツ工科大学大学院修了。1979年、日本電信電話公社(現NTT)入社。武蔵野電気通信研究所、厚木電気通信研究所において、通信用デバイスの研究開発に従事。その後日本AT&Tベル研究所にてスーパーバイザー、日本ルーセント・テクノロジーにてマーケティングディレクタを歴任。

1996年SRIインターナショナル入社。同社コンサルティング部門プリンシパルとして情報・通信分野の事業戦略、ベンチャー支援、研究開発戦略などのコンサルティング業務に従事。2000年デロイトトーマツコンサルティング(現アビームコンサルティング)パートナーに就任。2002年同社取締役。 2004年4月より現職。独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の平成17年度新規プロジェクト採択審査委員会委員、独立行政法人科学技術振興機構の平成18年度科学技術振興調整費審査WG委員などを歴任。

東京理科大学大学院 技術経営専攻 MOT
宮永博史書籍一覧

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