データ分析の専門として、多くの企業にマーケティング戦略や、商品企画・販売促進施策のコンサルティングサービスを提供する株式会社フォーカスマーケティング代表取締役、蛭川速(ひるかわはやと)さんに、膨大な量のデータをいかにして選別し、役立てていくのか、その奥義をとことん聞き取りました。
銀行から、もっと経営者の力になれる分野へ
現在は、新商品企画や新事業開発、販売促進の企画などのコンサルティングと、企業研修やビジネスセミナーの講師を行っています。仕事のお相手としては大企業が主ですが、30人くらいの中小企業をやらせてもらうこともあります。もっとも大企業と言っても、直接のお相手はマーケティングや、商品開発、営業企画の方なので、実際のやりとりはそんなに大人数にはなりません。
そういったところがメインになっていて、業種にこだわりはないのですが、比較的、食品とか飲料の消費材メーカーが多いです。BtoBで事業向け、法人向けの営業をしている会社もあります。お声掛けいただければ、規模や業種を問わず出来る限りお受けするようにしています(笑)。
― 蛭川さんは銀行員からマーケティングの会社に移られたそうですが、それはどういうお考えがあったんでしょうか。
考えというほどのものはなかったですよ。最初、茨城県の地方銀行に7年ほど勤めていましたから、数字には慣れ親しんでいました。そのあとマーケティングのコンサルタント会社に入って、そのころからデータ分析を始めました。銀行では地元の中堅、中小企業の経営者さんと触れ合う機会が多くて、いろいろな勉強をさせてもらいました。経営とか営業に興味を持ったのはそのころからだったと思います。
つきつめれば、銀行が一番重要なのは、お金を貸す、貸さないっていうところであって、それよりももう少し経営者の方の力になれる分野がいいと思ったんですね。それで転職したマーケティング会社では、データを集めて、分析して、「購買者のニーズや動向はこうなってますよっ」てアウトプットすることでしたから、今やってることと一緒です。
定性データと定量データ
― 一般的にはデータと聞くと、ガチガチの数字のイメージがありますけど、そうじゃない顧客の意見などもデータとして取り込めるのでしょうか?
顧客の意見などは「定性データ」と言い、数字は「定量データ」と言います。どちらか一方ではなく、両方を押さえていく必要があります。
― 実際に、定性・定量の両方のデータを集めたとして、さて、これをどう料理するのか、だれにでもできることじゃないと思うんです。やっぱりデータの取り扱いは難しいですよね。
3、4年前、統計ブームがあって、ビッグデータを解析する職業が第一線に出てきました。いわゆるデータサイエンティストが今、引く手あまたなんです。彼らはインターネットのログ解析や生活者の行動データなどのビッグデータを解析します。そこには高度な統計知識と数学知識、プログラミングなどITの知識も必要になります。
でも、そんな人はほんのひと握りで、ふつうのビジネスパーソンが知っておきたい、知っておくべき数字の範疇っていうのは、そんなに難しいものではありません。難解なものを使って企画を立てても上司には伝わりませんし、お客さんに提案しても理解してもらえません。ですから、なるべくやさしく、シンプルに考えることが重要で、そういうやり方をレクチャーしています。
嘘偽りのないデータだけを見る
― 集めたデータを前に途方に暮れる人にアドバイスを。
数字の中にも、いろんな数字があります。売上とか利益とかのハッキリとした数字、一方で、希望や思考しているといった漠然とした数字もあります。まず最初に見てくださいって、私が言うのは実績値のデータ、経験値のデータなんです。
たとえば、「スマホを持っていますか?」の問いがあったとして、YES、NOの率だけでは意味がありません。そもそも年代別にどのくらいの人口がいるのか、所得1千万円の人がどのくらいいるのか、そういう嘘偽りのないデータだけを見る。そうした意識を持つことから入るのがポイントです。
― いろんな数字やデータは、見せ方とか立ち場によって、まるで違ったものになりますね。本当だったら中央値を採ったほうがいいのに、平均値で出しちゃうとか。数字にだまされない、ちゃんとした見方はどうすればいいんでしょうか。
今はインターネットでたくさんの情報が簡単に手に入ります。その際、特に気をつけてもらいたい点は、いつデータを収集したかということです。データにも鮮度がありますのであまり昔のデータは役に立ちません。3年以内のデータを使って分析することが賢明です。
また、重要なのはサンプルサイズです。昔、100人に聞きました、っていうテレビのクイズ番組がありましたが、何人に聞いた意見なのかが重要なのです。これは容易にわかることですが、10人に聞いたものと1000人に聞いたものとでは、後者のほうに説得力がありますね。ですから、何人に聞いたものかに注意してください。30人ならちょっと怪しい、2000人なら信憑性が高まります。
[adchord]他にも、重要なポイントはあって、聞き方なんです。誘導尋問のような聞き方はダメです。質問の仕方によって、答えが変わってしまいます。結果だけじゃなくて、どういう質問の仕方をしたのかっていうところも見て、本当に正しいのかどうかを見極めることが重要です。答えが欲しいがためにする質問の言い回しもあります。新聞各社の世論調査でも、政治の関係だと微妙なところもありますね。
質問の仕方に気をつける
― 今のお話だと、今度は自分がデータを採る側、質問をする側になった時、質問の仕方はものすごく重要なことになりますね。
どういうふうに聞けばいいのか、選択肢をどうしたらいいのかは、よく考えなければいけませんが、わかってしまえばそう難しいことではありません。ちょっと込み入った話になりますが、ひとつに平易な言葉で聞かなくてはいけないということです。「AI」って言えば、まあ一般的かと思いますけど、もしかすると60代の女性は知らないかもしれない。ですから、だれにでもわかる言葉を使うことが大切です。
― なるほど、たしかに「AI」ひとつとっても、若い人はパッとイメージできますが、年配になればなるほどっていうことはありますね。
それから、ひとつの質問文の中に、ふたつの評価項目が入っていることが、よくあるんですね。たとえば、ある商品を買った人に、「値段と内容に満足していますか?」って聞いちゃうと、対象が値段と内容のふたつになって、どちらか一方だけ満足なら、答え方に窮してしまいます。私は内容が大事だから5点つけようとか、小遣いの範囲で買いたいから不満足とか、回答者の判断基準で答えが変わってきてしまうのは良くないということです。
仮説を設定し、それを検証する
― 何かを企画する時や、仕掛ける時にしても、データは必要だと思うんですが、いざ集まってみると、求めていたものじゃないことも往々にしてあります。間違わないデータ収集、焦点の当て方はどんなところにポイントがありますか?
ポイントはズバリ「仮説」です。仮説を設定して、それを検証するっていうアプローチを採ると、効率的に価値ある情報を収集することができます。情報収集する前に実態がどうなっているかを整理し、そこで出した答えを検証することで、情報収集をしていくアプローチです。こうすれば余計なデータが集まることなく、後で困らなくてすみます。
仮説設定において大事なことは、頭の中の考えをキチンと文章にすることです。なんとなく思っているだけだと、検索やら調査しているうちに考えが変わってきちゃいます。文章にするっていうことは、考えをきちんと整理することでもあります。それがポイントですね。あとは先ほども言いましたが、一定の数の確保、まずい質問の仕方の排除ももちろんです。
― その仮説から始まって、うまくいいデータを集められたとしますが、その先どう分析し、まとめて、自分の仕事に生かすかになりますが。
何が本質なのかを深く考えることが重要になります。先ほど、嘘偽りのないデータが重要と言いましたが、このファクトから何が言えるのか掘り下げて考えてみるのです。最近の例で言えば、スマホは大画面にすると売れると言われていて、これはファクトなんですね。では、なぜ大画面が売れるのかを掘り下げて考えることが重要です。そうすれば売れている要因をつかむことができます。なぜ、そういう結果が出るのかを考える、そういったプロセスが有効な策につながります。
過去を学び、未来を知る
― 「データは過去の積み重ねであって、未来は違うんだ」という意見も少なくありません。これについてはどう思いますか?
リサーチ結果は、バックミラーで見る景色と同じように過ぎ去ったものを見ているにすぎない。よくそう言われますが、たしかにその通りだと思うし、未来はだれにもわかりません。しかし、将来はどうなるんだろうと予測したり、その状況を想像することが大切で、その手掛かりとして過去のデータを使うんです。
かつてはどんな売り上げの推移だったのか、折れ線グラフのデコボコしてるところの要因は何なのかなどを深く考えれば、次に同じようなことが起きた場合の予測ができます。過去の経緯を見るってことは、先を見通すヒントが見えるってことなんです。言いすぎかもしれませんが、過去を学ぶことによって、未来を知ることができるんです。
自分の業界の数字を知る
― 著書『社内外に眠るデータをどう生かすか―データに意味を見出す着眼点』の中で、特に力を入れたとか、読み込んだほうがいいという部分はありますか?
本書は情報収集から企画立案までの一連の物語にしてますから、特にここだけ重要というのはないのですが、あえて言うならば、自分の業界をしっかりと数字で押さえてほしいなってことですね。ここではお菓子業界の現状に触れていて、そこはしっかり見てほしいですね。と言うのは、企業の方と話していて、専門的にマーケティングをしている方でも、驚いたことに市場規模を知らない人がいるんです。きちんとした数字をベースにしないとおかしなことになっちゃうんです。
ある食品会社と仕事をした時、その食品の市場はピークを越えて、ちょっと下り坂だったんです。そのデータも出てますし、業界団体の資料もあるんですが、それらを見せたところ、「これはウソだ!」って言うんです。認めたくない気持ちはわかりますが、事実を避けてはいけません。ベースの数字は絶対に押さえておかねばなりません。
[adchord]食品業界を題材にしましたが、すべての業界に言えることです。市場規模の推移と、そこで事業を展開している会社の状況や戦略を見ていきます。そして顧客の行動の変化をつかんでいくことで何をすべきか課題が明確となっていきます。
個人と結び付いたデータ収集の時代
― データを分析してビジネスに生かしていきたいという企業は、最近はすごく多いですよね。
20年やってると言いましたが、5、6年前までは、やっぱりマーケティング部門の人とか、役職も課長クラスの人が多かったんですけど、これがだんだん下がってきています。最近は新入社員にも最初の研修でデータ分析の仕方を教えます。けっこう重要視されるスキルのひとつになってきています。
― 何年か前に、定量分析の本がけっこう売れたことがありましたね。
火が付いたのは、「統計学が最強の学問である」からだったと思います。ビッグデータやインターネットの進展でデータを集めやすい世の中になったことが大きいと思います。スーパーとかコンビニのPOSデータも以前は、どんな商品が、いつ、どのくらい売れたという事しかわからなかったんですけど、今はIDで個人と結び付いているので、たとえば30代の独身男性はこういう買い物をするっていうのが一目瞭然になっています。
人と結び付いたデータになったんです。インターネットで買えば、履歴が全部残りますから、どんな人がどんなものを買うのか(買おうとしているのか)、そのデータをどう生かすのか。できる範囲が広がってきています。
― 20年前にこういう仕事を開始されて、もちろんデータの重要性を痛感されていたと思いますが、今日のような形になるっていう予測はありましたか?
ないです、ないです(笑)。さっきの定性と定量データですが、定性で言えば、こうしたインタビューを文章に起こしたものを読んで、なぜ、この人はこういう発言をしたのかって深読みしていくのです。私は性格的に白黒ハッキリするほうがわかりやすくて好きですから、定量から入ったんです。
銀行にいたせいもあるのかもしれませんが、数字の面白さを知っていたのかなと思います。定性のほうはどうにでも解釈できちゃいます。ワイドショーなんかでも都合のいいところだけ切り取って。そういうふうに、使い方によってアレンジできちゃうのは、定性のメリットであり、デメリットなんです。
左脳から右脳へ、数字から人間へ
― 今後の取り組みとか、展望、方針などをお伺いしたいと思います。
2つあります。ひとつは先ほど言いましたが、データ処理の分野は低年齢化してますから、大学生のためのビジネス数字の扱い方のようなことを、ある企業と一緒にやっていて、今、教材を作るところまできています。社会人や大学生になりたての人たちに、どうやって興味を持ってもらうのかを掘り下げて、やってみたいと思っています。これが少し難しいんですよ。
うちの子どもが大学生で、いまこんな勉強しているよって見せてくれるんですが、ちょっと高度というか、統計学なんですよ。統計とビジネスで使う数字はまた違って、統計は複雑で難解ですよね。ずっとやってきたのは難しい統計スキルを使わずに、ビジネスに役立つ数字を理解してもらうっていうのが私のコンセプトなので、それを学生にやってもらいたいんです。
― データを難しく感じるのは、どうしても統計のイメージが強いからかもしれないですよね。そんなイメージをひっくり返してほしいと思います。
もうひとつは、企業向けに企画の支援をしていると言いましたが、なかなか実行面までは入れないですね。企画の先は、企業がどうやるかなんで、実行には関与しきれてないんです。今後は、立てた戦略や施策を実行していくところまで関与したいと思っています。
今までのキャリアは左脳エリアで、言ってみればサイエンス的な部分でやってきましたけど、今後は少しアートな部分で右脳的な、人とのかかわりといったスキルも身につけていきたいと考えています。実際に今、コーチングのスクールに通っています。この新しいスキルとマーケティングを組み合わせて、支援の幅を広げていきたいなと思っているんです。
数字の裏には、どういう行動があるんだろうとか、それはこうなんだろうとかは考えて、検証もするんですが、あまり個については考えなかったのが、今までの私のビジネス人生なので。
― 数字やデータだけじゃなくて、人もっていうことですね。
この策を実行して効果を上げるには、どういうふうにして行ったらいいのか、どうしたらモチベーションが上がって行くのか、そういうところまで密着したサポートができたらなと思っています。
【略歴】
蛭川速(ひるかわはやと)
株式会社フォーカスマーケティング代表取締役。中小企業診断士。
1969年生まれ。中央大学商学部卒。地方銀行に入行、マーケティングコンサルティング会社を経て、2012年から現職。実務で生かせるマーケティング戦略を提唱し、商品企画や販売促進など、マーケティング実務におけるコンサルティング活動とリサーチ支援を行う。ビジネスセミナーや企業研修の講師としても活躍中。
著書「社内外に眠るデータをどう生かすか」(宣伝会議)「30代からはマーケティングで稼ぎなさい」(明日香出版社)「30代からは統計分析で稼ぎなさい」(明日香出版社)「マーケティングに役立つ統計の読み方」(日本能率協会)「いちばんかんたんで役に立つマーケティングの方法」(成美堂出版)